2025年8月1日金曜日

命を真ん中に置く医療を

 世代分断を越え命を真ん中に置く医療を

   東京民医連事務局次長 山根 浩 

 

 自民、公明、維新が医療費削減で合意。国民、参政も同様の政策を表明。一方で病院の危機が進行。山根さんに寄稿していただきました。

 

いのちを削る「医療費4兆円削減の中身

 自民党と公明党、そして日本維新の会は参議院選挙の前に「医療費4兆円削減」の合意を更にすすめ、①「入院病床11万床削減②OTC類似薬(市販薬と成分や効果が似ているものの、原則として医師の処方箋が必要な医療用医薬品)を保険適用外にすることで合意しました。合意には加わっていませんが国民民主党や参政党も同様の政策を打ち出しています。2021年にも「現役世代の負担軽減」という名目で後期高齢者の窓口負担を2割に引き上げました。しかし、現役世代の負担軽減は年間700円程度と言われています。負担割合を増やして受診抑制して医療費を下げようとしたが思ったような効果が得られず、今回は直接、入院の機会をうばい、風邪や花粉症では医療機関を受診させないようにするという意味ではより「悪質」です。

 この二つの合意は参議院選挙後に議論されると思われます。ぜひ、多くの皆様に関心を向けてほしいと思います。

 まずは「11万床削減」について考えてみます。 

再び、「命の選別」をすることになりかねない病床削減

 昨年、厚生労働省が実施した病院報告の集計では、日本の病床数は119万床。2025年時点での必要病床数とほぼ同数です。11万床と言う数字は約10%の削減です。入院病床には「一般」から「療養」「精神」などに機能分化しており、医療費削減のために「まず、病床削減ありき」のような議論はあまりにも乱暴です。

 また、先の病院報告で病床利用率は全体で74%になっていますが、病院の機能や同じ機能であっても地域によって、民間か公的病院か、地域での役割に応じて病床利用率は異なります。

 私が所属していた社会医療法人社団健生会では、急性期病院の立川相互病院は90%、あきしま相互病院はほぼ満床の98%の利用率です。この利用率以上でなければ経営が成り立たないのです。本来はもっと余裕をもった病床運営が必要と言われています。比較的入院の少ない春や秋などは救急車搬入要請に対する応需率は80%を超えるのですが、入院が増える時期には半分以下に低下します。必要なときに必要な医療を提供するには、もっと「あそび」が必要で、車のハンドルと一緒です。

 5年前の新型コロナウイルス感染症流行初期のことを思い出してください。強毒なウイルスに感染しても「自宅療養者」とされたままお亡くなりになるケースが多発しました。年齢によって入院制限も行われ、「命の選別」を自ら選択しなければならない事態に多くの医療従事者は傷ついていました。新興感染症は四半世紀ごとに発生すると言われています。人類の自然破壊で増えるとも言われており、私たちはその備えをする必要があります。病床削減は命の削減ともいえるのです。

 重症化の危険「OTC類似薬の保険適用はずし」

 次にOTC類似薬の保険適用からはずすことについて考えてみます。

 OTC類似薬の代表的な薬剤は湿布薬です。湿布薬については、20224月の診療報酬で枚数制限が導入されました。保険外しをすすめようとする日本維新の会の猪瀬直樹議員は国会の予算委員会で「高齢者がちょっと暇つぶしに病院に行って、何となく湿布薬をもらってくる、これだけで保険料がかかる」「薬局は(湿布薬)を輪ゴムに止めるだけで儲かる」と暴言を吐きました。さすが医療法人グループの徳洲会から選挙費用として5000万円を受け取り、公職選挙法違反を犯した方の発言だと思います。

 表1は代表的なOTC類似薬の3割負担での自己負担額とメーカー希望小売価格の比較です。20倍から60倍の負担増となり、多くの方は医師の診断を受けることなく、自己診断して市販薬で済まそうとなります。

自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分自身で手当することを「セルフメディケーション」といい、厚生労働省は医療費削減政策として推進しています。しかし、風邪のような初期症状から重篤な病気だったという事例はたくさんあります。過度にセルフメディケーションを強調することはいのちに関わる問題になりかねません。

また、アトピー性皮膚炎で使用する保湿剤も対象ですが、多くの皆さんの運動で子どもの医療費無償化が実現しましたが薬剤が保険から外されれば効果が失われます。625日から取り組まれた特定非営利法人日本アトピー協会が取り組んだOTC類似薬の保険適用外とすることへ反対するオンライン署名はわずか半月で44000筆を超え、反対の声が広がっています。 

失政を高齢者に転嫁

 このような医療費削減を「社会保険料を引き下げて、現役世代の負担軽減」を理由にあげています。しかし、現役世代の困難の根本的な原因はこの30年間賃金があげられなかった日本の政治の失政にあります、新自由主義政策をすすめ、大企業の拠点を海外に移し、その大企業には優遇税制で支援し、国内労働者の賃金をあげる中小企業対策費などをほとんど増やしてこなかったからです。第2次安倍政権以降はそれが顕著になり、賃金はあがらない一方で大企業の内部留保は100兆円以上増えました。社会保険料の引き下げは助かりますが財源の拠出元が間違っています。 

「高齢者優遇」のまやかし

 与党や維新の会、国民民主党は現役世代の手取りを増やすために、「優遇されている高齢者に負担を求める」として先に述べた医療費削減政策を打ち出します。医療を必要とするのは高齢者だけではありませんが必ず、「高齢者優遇」をいい、世代間分断を持ち込みます。本当に高齢者は優遇されているのでしょうか。そのことを考えてみます。

 要介護認定率は年齢とともに上昇し、特に85歳以上は2022年で57.7%です。団塊の世代が後期高齢者となる2025年以降、75歳以上の人口増は緩やかになり、85歳以上の人口は増え続けますがそれも2040年頃までです。厚生労働省は2050年には1人の65歳以上の高齢者を20歳から64歳までの1.3人が支える「肩車型社会」になると宣伝しています。しかし、社会保障制度は年齢区分だけでなく複眼的に見る必要があります。女性や高齢者の就労率が高くなっていくことが予測される中では、労働力人口扶養比率でみると2050年も現在とほとんど変わらず、2人で4.6人をささえています。「肩車」ではありません。

高齢者の医療費が高すぎるとの見方もあります。一人あたりの後期高齢者の医療費は74歳以下と比較して3.9倍、入院で6.5倍、外来で2.9倍です。しかし、入院1件あたりの日数は1.4倍とあまり変わらず、1日あたりの医療費は0.8倍でむしろ現役世代の方が濃厚な医療を受けています。違うのは入院受診率の高さで現役世代の6倍です。これはある意味当たり前です。外来も同じで、受診率は2倍ですが1件あたりの医療費に大きな差はありません。対策は高齢者の健康づくりです。医療費抑制策として窓口負担を増やすことは、かえって健康づくりを妨げ、逆効果です。

国際比較からも、日本は高齢化が最も進んでいる一方で、社会保障費のGDP比率は他の先進国より低く、特に高齢者医療に対する支出は最少水準です。「日本の高齢者は優遇されすぎている」という見方はフィクションです。社会保障費のGDP比率は「自己責任の国」と言われる米国の24.1%より低い、22.8%です。

 医療費抑制政策が地域住民の医療を受ける権利を奪いかねない

 政府は30年近く「2025年に団塊の世代が75歳を迎え、高齢化がすすむ」と煽り立て、医療費抑制を喧伝してきました。そのため、医療機関の収入を決める診療報酬は低く抑えられてきました。これまで何とか踏ん張ってきましたが、昨今の物価高騰で限界を迎えています。

病院6団体と共に記者会見を行った日本医師会の松本会長は「これまでも『地域医療崩壊の危機的状況にある』と繰り返し訴えてきたが、今こそ医療界が一致団結して、著しくひっ迫した医療機関の状況を国民に改めて切実に訴えていきたい」と述べました。  

病院経営を改善するために医師会や病院団体が訴えているのは、第一に、「社会保障関係費の伸びを高齢化の伸びの範囲内に抑制する」とする政府方針(いわゆる「目安対応」)の廃止です。第二に、診療報酬の設定について、物価や賃金の上昇に対応できる柔軟で 新たな仕組みの導入です。「目安対応」とは2012年の「税と社会保障の一体改革」から続く制度で、毎年の経済財政運営の基本方針(「骨太の方針」)に基づき、社会保障関係費の伸びを高齢化に伴う自然増の範囲内に抑制するために、診療報酬引き下げなど制度改革を毎年繰り返してきました。これまではデフレ経済で賃金も物価も上がらなかったので、医療機関も何とかやってきましたが、物価高騰で全く条件が変わりました。診療報酬が物価の値上がりに対応できなくなっています。

そもそも、社会保障費が伸びているのは、高齢化によるものが三分の一、医学などの進歩によるものが三分の二であり、それを高齢化の伸びだけに抑えることが誤りです。かつて、厚労省やマスコミは「2025年に国民医療費は141兆円になる」医療費膨張を煽ってきましたが、実際には2022年度で46.7兆円です。医療機関の経営改善には、「目安対応」の廃止と診療報酬を物価や賃金の上昇に応じて適切に対応する仕組みを導入がどうしても必要です。  

安心して医療を受けることが出来る社会に

 住民が安心して医療を受けることが出来る社会にするには、税金の使い方を医療や社会保障に使うようにしなければなりません。現状では軍事費が突出しています。(図参照)この秋、多くの団体と共同して地域の医療機関を守り、受療権を守る取り組みを広げていきます。ご協力をお願いします。

 

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