手に負えない原発、
それでも動かしますか
元福井地方裁判所裁判長 樋口英明さん
3月の婦人民主クラブ創立79周年記念のつどいで講演された元福井地裁裁判長の樋口英明さんの講演の要旨を、主催者の了解を得てお伝えします。樋口さんは2014年に大飯原発の運転差止の仮処分の判決を下しています。
石破内閣が、第7次エネルギー基本計画を2月に閣議決定。福島原発事故以降、「原発依存度を可能な限り低減する」としていた基本を大転換し、原発再稼働、新型炉の建設を打ち出し、原発依存度を現行5%から2040年に20%に拡大するとしています。
樋口さんの講演は、原発の異次元の危険性と法的責任を簡潔明瞭に指摘しています。
原発推進の著しい不正義
日本に17ヶ所54機の原発がある。原発から出てくる死の灰は、人が近づくだけで死ぬ。そういうものを何万年にわたって後世の人に押し付け、原発を推進するのは著しい不正義だと思う。特に福島原発事故があった後には。
私が大飯原発を差し止めた理由が「万が一危険があるから差し止めます」との危険だったら、私はこの場で話していない。判決にこう書いた「大飯原発の持つ危険性は、万が一の危険という領域をはるかに超える現実的で切迫した危険だ。耐えがたいほど正義に反し、耐えがたいほどの結果をもたらそうとしている」と。
短期間にわが国を滅ぼしうる可能性があるのは、戦争と原発事故。原発事故は、一般の人が思っているよりはるかに危険だ。
脱原発の一番の強敵は観念
日本の脱原発運動はうまく固定いってないというイメージがあるがそうではない。去年、能登半島地震では、海岸が4メートル隆起し、海岸線が250メートルぐらい遠のいた。珠洲市の高谷地区と寺家地区に珠洲原発が立つ予定だったが、住民の28年間に及ぶ反対運動で白紙撤回となった。建設されていたら、多分、福島原発事故をはるかに越える事故が起こった。住民運動に助けられた。三重県でも芦屋浜原発も37年間のねばり強い住民運動で立たなかった。原発が立っていたら、南海トラフ地震予想で使い物になっていない。
原発は17ヶ所にあるが、反対運動で50ヶ所以上はつぶれている。3勝1敗だ。裁判では、3・11以降、原発を止めた裁判長は7人。容認した裁判長は30人以上。1勝4敗ぐらい。
反対運動があった頃、反対の世論は高くなかった。我がこととして考えられるかだ。脱原発運動の一番の強敵は、我々の心の中にある。多くの人が、昔は危険だったかもしれないが、原子力規制委員会が福島原発事故の教訓を踏まえてやっているはずだから、それなりに安全じゃないか。政府も目の前の利益だけのために国民の安全を犠牲にするようなことはしないと思っている。これらの先入観・固定観念が一番の強い原発支援となっている。
福島原発は停電しただけで暴走
原発は少しも難しいことではない。知ってほしいのは二つ。一つは、原発は人が管理し続けないと暴走する。二つは、人が管理出来なくなった時の事故の被害は想像を絶するほど大きい。なぜそうなるかは原発の仕組みだ。ウラン燃料をみずにつけ蒸気が発生し、蒸気でタービンを回して発電する。火力発電と同じ原理だ。違いは、一つはウラン燃料の毒性は全然違う。二つは火力発電では、地震などトラブルで火を止めれば終わが、原発は制御棒を入れて運転を止めても熱量がデカすぎて水の沸騰は続く。水がなくなると核燃料が溶け落ちる。防ぐには、水を電気で送り原子炉を冷やし続けなければいけない。福島原発事故は津波や地震で原子炉が壊れた訳ではない。最初の地震で外部電源がやられ、津波で非常用電源がやられ、停電しただけだ。
福島原発事故では、メルトダウンしてウラン燃料が全部溶け落ちた。圧力容器、格納容器が水蒸気で圧力が上がり、普通はベントで抜くが、電気が来ていないから自動では出来ない。人がバルブを回そうとしたが放射能が強すぎて行けない。格納容器が圧力で一杯になった。吉田福島原発所長は、2号機は格納容器が爆発するだろうと諦めた。1号機と3号機の爆発があったが、格納容器の外の爆発。吉田所長は、東日本壊滅と考えた。しかし、2号機の上部に弱い部分、欠陥があって、そこから抜けた。丈夫に出来ていれば爆発した。
様々な奇蹟があって15万人の避難で済んだ。奇蹟がなければ4000万人が避難。東京は人が住めなくなった。これが原発事故の被害の大きさだ。それが停電しただけで起きる。
国富の喪失とは
2013年に経済界や自民党政権は、原発を止めると火力発電所の燃料として石油や天然ガスの輸入が増え、国富の流出が起きると主張した。
それに対し、私は判決で、原発の運転を止めることによって多額の貿易赤字が出るとしても、それを国富の流出や喪失と言うべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、それを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であるとした。
原発は国の存続の問題
福島原発事故による損害は約25兆円。東京電力の売り上げは年約5兆円。利益率5%で年間利益2500億円で割ると100。1回の事故で100年分の利益が飛んだ。コスト的に全く引きが合わないのは明白だ。
福島原発事故は、田舎で起きた。東京に一番近い東海第2原発で福島原発事故と同規模の事故が起きると損害額は660兆円。国家予算110兆円の6年分の予算が飛ぶ。わが国は破産する。吉田所長が覚悟したように、2号機の格納容器が破壊された場合の損害額は2400兆円だ。わが国は破産どころか破滅する。これらの数字は何を示してるか、実は原発問題は単なるエネルギー問題ではなく、国の存続の問題むしろ国防問題だ。
原発は自国に向けられた核兵器
ロシアとウクライナの戦争を見るとますますはっきりした。ロシアはヨーロッパで一番大きなザボリージャ原発を占領。攻撃するぞって言ったら明け渡さざるを得ない。抵抗したらロシアからミサイルとか砲弾が飛んでくる。従業員も逃げ出していない。自分らが放棄すると原子炉が暴走する可能性があるのだ。
日本はどうしようもないものを54機も海岸沿いに並べた。その時点でどの国と戦争しても勝てない。敵基地攻撃能力を持とうというのは、どう考えても矛盾する。原発は自国に向けられた核兵器だ。これは物事の本質を言っている。その核兵器の除去に、戦略も外交交渉も膨大な防衛も不要だ。この豊かな国を守っていこうという精神さえあれば踏み出せる道なはずだ。
原発の耐震性は極めて低い?
原発の過酷事故は極めて重大な被害が出る。それ故に原発には事故発生確率が高度に低いことがめられる。地震大国日本において、高度の耐震性が求められていることに他ならない。
しかし原発の耐震性を極めて低い。日本の裁判所で原発を差し止めようとの訴訟は沢山起きているが、原発の耐震性が低いという最も大事なことが裁判の争点になっていない。ほとんどの裁判所でやっていることは、この原発は原子力規制委員会の規制基準にあっているかどうかでの判断に大きな誤りがあるかないかだけを判断している。
原発の耐震性を表しているとされるのが基準地震動で加速度(ガル)で示している。高い数字ほど強い地震を示している。これまで一番強かったのが岩手宮城内陸地震の4022ガル。能登半島地震は2828ガル。北海道胆振東部地震1796ガル。熊本地震1740ガル。震度7が地震では一番揺れるが1600ガルは越える。
表の一番上の5115ガル、これは原発の耐震設計だといいのだが、三井ホームの耐震設計。3406ガルは住友林業の耐震設計。私が裁判を担当した大飯原発の耐震設計は450ガル、判決時には700ガル。原発は固い岩盤の上に立っていると主張するが、岩盤が地面の揺れより小さかった例は1例もない。はるかに大きかった例は1例ある。
原発推進の非科学性
大飯原発の差し止め訴訟における原告側の主張は、大飯原発は地震に耐える事が出来ない。だから我々を守ってくださいということだ。被告の関西電力は、原発の敷地に関しては将来にわたり強い地震がこないとの主張だ。
極端な典型例では、伊方原発は南海トラフの震源域にあるが、四国電力はマニグチュード9、3.11と同規模の地震が直撃しても、伊方原発の敷地に限っては181ガルを越える地震は来ないとの主張だ。原子力規制委員会はそれを審査してOKを出した。
一方ハウスメーカーの理念は、家を建てる敷地にどんな地震が来るか予知できない。予知できない以上、日本で一番強かった揺れ4022ガル、それを克服するように建てようと頑張っている。一方、原発は地震予知が出来、それ以上は強くする必要はないとしている。どちらが科学的で理性的か。原発は科学の粋を集めたとのイメージがあるが、ハウスメーカーの方が科学的だ。
日本に地震の空白地帯はない
日本は世界の陸地面積の0.3%しかない。そこに世界の地震の10分の1がくる。日本に地震の空白地帯はない。2000年以降に実際に測って見たら1000ガルの地震はいつでもどこでも起きるというのが科学的事実だ。600ガル、700ガルの耐震設計でやっているのは極めて非科学的だ。
福島原発事故と国の責任
福島原発事故はどういう事故だったのか。文部科学省の地震調査研究推進本部、日本の地震学では一番権威があるところが、2002年7月に福島県沖を含む領域に関し、マグニチュード8の大きなプレート間大地震が発生する可能性を指摘。福島原発は海面から10メートルの高さがあったが、東京電力はこの長期評価に基づき津波の計算を行ったところ南東側で15メートルの津波がくると計算。しかし東京電力は何もやらなかった。堤防を築くことも非常用電源を上にもっていくこともやらなかった。経済産業大臣も何もやらなかった。
国家賠償訴訟の争点は、①経済産業大臣に義務違反があったか否か、②仮に、義務を尽くしていたら、福島原発事故は防ぐことができたかだ。
最高裁の多数意見は、本件事故以前の我が国における原子炉の津波対策は防潮堤を設置するのが基本であった。予想された南東からの15mの津波を防ぐ防潮堤を築くことで対策としては不十分とは言えない。経済産業大臣が津波対策を命じて建設されたであろう南東側の防潮堤に対して東側はそれより低いものになっていたはずだ。防潮堤を築いても実際に東側から到来した津波を防ぐことができなかったとして、国の賠償責任を否定した。一読して意味の分かる人はよっぽど頭の良い人だ。
最高裁の判決は3対1で別れた。三浦裁判官は普通に考えてくれた。原子力基本法は、過酷事故が万が一にも起こらないよう規制している。そのために経済産業大臣に権限が付与された趣旨は、原子力災害が万が一にも起こらないように全力を尽くさなければならないことだとし国の責任を主張した。
この事件の裁判長は、2022年7月に退官し、東京電力と密接なつながりのある大きな法律事務所に就職した。東京電力は事実上破綻して国と一体化している。残りの2人の裁判官は元々弁護士で、東京電力と大きな関りのある法律事務所出身だ。
どうしたら原発をなくせるか
日本から原発をなくすことは不可能、あるいは極めて困難と思っている人がほとんどだ。アパルトヘイトの南アフリカで、終身刑を受けた黒人が大統領になることに比べればはるかに容易なことだ。マンデラは「裁判は心の強さが試されるたたかいだ。道義を守る力と道義に背く力とのぶつかり合いである」と言っている。まるで原発訴訟を言っているみたいだ。
何ごともそれが成功するまでは不可能に見える。皆さんが自分事として考えれば大きく動くと思う。こういう質問が多い。「樋口先生の言うことはよく分かった。私は何をすればいいのでしょうか」。私はこう答えている。「それは凄く単純です。本質が理解出来たら、それをあなたの大事な人、2人に伝えてください。あなたの話を聞いた人も2人にする。そうすると1年以内に1億1000万人に伝わる」。