2024年4月25日木曜日

日本は食料も農業も崖っぷち その2

 日本は食料も農業も崖っぷちその②

命を守る消費者と生産者の共同を


 
東京大学大学院教授 
        鈴木宣弘さん

4月号に続き、鈴木宣弘さんの講演要旨を紹介します


 

江戸時代の見事な循環経済

江戸時代の鎖国政策で、資源の出入りがなかった日本では、工夫を凝らして再生可能な植物資源を最大限に生かし、独自の循環型社会を築きあげた。食物は太陽エネルギーとCO₂、土、水で成長するから、言い換えれば江戸時代は、太陽エネルギーに支えられていた時代だと言える。

この物質循環の仕組みは、ヨーロッパ人を驚嘆させた。スイス人のマロンの帰国報告に接した肥料学の大家リービッヒ(180373、ドイツ、農芸化学の父と言われた)は、「日本の農業の基本は、土壌から収穫物を持ち出した全植物栄養分を完全に償還することにある」と的確に表現した。

「三里四方」という表現が使われたが、これは半径三里(約12キロメートル)の間で栽培された野菜を食べていれば、健康で長寿でいられるということを意味している。

 

日本の循環農法を破壊したアメリカ占領政策

日本の食糧難と米国の余剰穀物処理への対処として、早い段階で実質的に関税を撤廃された大豆、トウモロコシ(飼料用)、大量の輸入を受け入れた小麦などは、国内生産の減少が加速し、自給率の低下が進んだ。輸入依存率が、小麦85%、大豆94%、トウモロコシ100%に達し、農業構造を大きく変えた。

食糧事情が好転し始めた1958年、農業に大きなダメージを与える一冊の本が出版される。慶応大医学部教授の林たかし氏の著書『頭脳』。発売後3年目で50版を重ねるベストセラーになり、影響は甚大だった。『頭脳』の中には、「コメ食低脳論」がまことしやかに述べられ、「日本人が欧米人に劣るのは、主食のコメが原因、大人はもう諦めよう、せめて子どもの主食だけはパンにしたほうがよい。頭脳のよく働く、アメリカ人やソ連人と対等に話の出来る子どもに育ててやるのがほんとうである」と述べている。当時の朝日新聞「天声人語」もコメ食否定論を展開。国民はすっかり洗脳された。

米国の小麦生産過剰による日本への売り込み戦略のもと、日本各地で「洋食推進運動」が食生活近代化のスローガンで展開された。欧米食生活崇拝運動であり、和食排斥運動でもあった。小麦の対日工作の主役、キッシンジャー・リチャードバウム(アメリカ西部小麦連合会)が、「日本食生活協会」に資金許与し、キッチンカーという調理台つきのバスが20数台で全国を農村部まで回った。

パン食に加え、米国飼料穀物協会が、「日本飼料協会」を発足させ、米国穀物依存の日本畜産を推進し、肉食もアメリカが進めた。

短い期間に伝統的な食文化を変化させてしまった民族というのは世界史上でもほとんど例がない。

このころから、コメの消費量の減少が始まり、コメの生産過剰から水田の生産調整へとつながっていく。我が国の農業、農政が凋落する始まりでもあった。

 

貿易自由化の犠牲とされる農業

食料は国民の命を守る安全保障の要なのに、日本にはそのための国家戦略が欠如しており、自動車などの輸出を伸ばすために、農業を犠牲にする短絡的な政策が取られてきた。

農業を生贄にする展開を進めやすくするために、農業は過保護だ、規制改革や貿易自由化というショック療法が必要だとの刷り込みが、メディアを動員して続けられた。しかし、実態は、日本農業は世界的に最も保護されていない。農産物の価格支持政策をほぼ廃止したのが、WTO加盟国の哀れな「優等生」日本だ。

欧米各国は、農産物価格支持と直接補助金を行っている。特に、EUは、国民に理解されやすいように、環境への配慮や地域振興の「名目」で理由付けを変更して農業補助金総額を可能な限り維持する工夫を続けている。

農業所得に占める補助金の割合(2013年)は、日本30.2%、米国35.2%、スイス104.8%、フランス94.7%、ドイツ69.7%、英国90.5%。

 

農薬、ゲノム食品、ホルモンも規制がザル

日本の農家の平均年齢68.4歳。あと10年経ったらどうなるか、農業が崩壊しかねない。残された時間はわずかだ。

安全性を犠牲にした外国産の食品に飛びつく行動を変え、安くても危ないものは買わない、地域で頑張っている農家をしっかり支える行動ができれば流れは変えられる。

去年から「遺伝子組み換えでない国産大豆でできた豆腐」との食品表示が消えた。これをやったのはアメリカ・モンサント。安全なはずの遺伝子組換え食品が、日本人が不安になる誤認表示だからやめろと要求した。

カリフォルニアでは、遺伝子組み換え種子とセットの除草剤グリホサートで発がんしたとしてグローバル種子企業に多額の賠償判決がでた。世界的にグリホサートへの規制が強まっている中、日本はグリホサートの残留基準値を極端に緩和した(小麦6倍、ソバ150倍)。

ゲノム編集では、予期せぬ遺伝子損傷が学会誌に報告されているのに、米国に呼応し届け出のみで野放しだ。

1970年代、ポストハーベストの防カビ剤のかかった米国レモンを海洋投棄し、自動車輸入を止めると脅され、「禁止農薬でも輸送時にかけると食品添加物に変わる」とウルトラCの分類変更で容認。

米国ジャガイモも、発がん性等指摘されている農薬を輸送のための防カビ剤として食品添加物に指定し散布可能にし、残留基準を20倍に緩和。遺伝子組み換えジャガイモも認可。冷凍フライドポテトの関税撤廃など「至れり尽くせり」の措置。

米国やEUではホルモンを使わない牛肉が進んでいるが、日本が選択的に「ホルモン」牛肉の仕向け先になりつつある。オーストラリアは、EU向けには投与せず、日本向けにはしっかりエストロゲンを投与している。

牛や豚の餌に混ぜる成長促進剤ラクトパミンは、人間に中毒症状を起こすとして、EU、中国、ロシアでも使用と輸入が禁止だが、日本では輸入は素通りだ。

 

なぜ学校給食がカギか

子ども達を守り、国民の未来を守るカギとして、学校給食を通じて地元の安全・安心な農産物をしっかり提供する運動が起こっている。千葉県いすみ市は、有機米124000円で買い取るからと推進し、4年で市内の給食全部が有機米となった。野菜も広がっている。触発された京都亀岡市の市長は、有機米148000円だとし、農家から歓声が上がった。農家にとっても、販売先と価格が安定すれば励みになる。そういう流れを広げてほしい。

東京世田谷区では、安全・安心の給食提供を行うため、化学肥料及び農薬の使用の少ない食材や有機農作物を購入することにした。2023年度は、各校6回の有機米を使用した給食の提供を実施した。90万人の人口の自治体での有機米で、秋田、千葉、栃木、新潟、宮城と全国の産地と連携を打ち出した。

 

農林漁業を崩壊させる総仕上げ

畜安法、種子法、漁業法、林野法と、農林漁業家と地域を守るために、知恵を絞って作り上げ、長い間守ってきた仕組みを、自身で手を下させられる最近の流れは、農水省にとっても断腸の想いだ。

官邸における各省のパワーバランスが完全に崩れ、自らと関連業界の利害のためには食と農林漁業を徹底的に犠牲にする工作を続けてきた経産省が官邸を「掌握」した。命・環境・地域・国土を守る特別な産業という扱いをやめて、農林漁業を「お友達」の儲けの道具に捧げるために、農水省の経産省への吸収も含め、農林漁業と関連組織を崩壊・解体させる「総仕上げ」が、官邸に忠誠をちかった事務次官によって進められた。

 

武器より安い武器=食料

ブッシュ元米大統領は食糧農業関係者に「食料自給率はナショナルセキュリティの問題だ。皆さんのおかげでそれが常に保たれている米国はなんとありがたいことか。食料自給が出来ない国は、国際的圧力と危険に晒される国だ」と語っている。1973年、バッツ農務長官は「日本を脅迫するのなら、食糧輸出を止めればいい」と豪語した。

 

農産物の価格はどのように決まる?

もう一つの大きな問題が価格の問題。この表は、数字の0.5を下回っていると農家が買い叩かれているということだ。コメ0.11、飲用乳0.14、ダイコン0.47、ニンジン0.33、白菜0.37、キャベツ0.38など。農家に払う価格は、イオンがいくらで売るかで決まり、そこから逆算して農家から買い取る。グローバル企業は、農家を買い叩いて消費者に高く売って不当なマージンを得ている。

農漁協の共販により流通業者の市場支配力が抑制され、あるいは生協による共同購入に代わることにより、農家は今より高く売れ、消費者は今より安く買うことができる。流通・小売りに偏ったパワーバランスを是正し、利益の配分を適正化し、生産者・消費者の双方の利益を守る役割こそが協同組合の使命だ。

 

世界に見る生産者と消費者が支え合う「強い農業」

カナダの牛乳は1300円、日本より高いが消費者は不満を持っていない。アンケートで「米国産は遺伝子組み換え成長ホルモン入りで不安だから、カナダ産を支えたい」と答えている。農家・メーカー・小売りの十分な利益を得た上で、消費者もハッピーならば、幸せな持続的システムだ。

スイスの卵は16080円。輸入品の何倍でも売れている。動物福祉、生物多様性、自然・景観に配慮して生産されたものは安全でおいしい。スイスでは、草刈りして雑木林化を防ぐと170万円、豚のストレス減の飼育で230万円など、農業の果たす多面的機能の項目ごとに支払われる直接支払額が決められている。

イタリアの水田では、生物多様性、貯水による洪水防止機能、水のろ過等の機能を評価し、税金での直接支払いの根拠にしている。

 

安全・安心な食と暮らしを守る

命を削る安さに飛びついていけない。本当の意味で「安い」のは、身近で地域の暮らしを支える多様な経営が供給する安心安全な食材だ。国産=安全ではない。本当に持続できるのは、人にも牛・豚・鶏にも環境にも種にも優しい、無理しない農業だ。自然の摂理に最大限従い、生態系の力を最大限に活用する農業(アグロエコロジー)だ。経営効率が低いかのように言われるのは間違いだ。人、生きもの、環境・生態系に優しい農業は、長期的・社会的・総合的に経営効率が最も高い。

協同組合(農漁協、生協、労組など)、共助組織、市民運動組織と自治体が核となって、各地の生産者、労働者、医療関係者、教育関係者、関連産業、消費者などを一体的に結集して、安全・安心な食と暮らしを守る、種から消費までの地域住民ネットワークを強化し、地域循環型経済を確立することが、今こそ求められる。

日本の農家は、世界一保護なしで踏ん張っている。今でも世界10位の農業生産だ。農林水産業は、国民の命、環境・資源、地域、国土・国境を守る安全保障の柱だ。大胆な食料安全保障確立予算をめざさなければならない。「農は国の基であり、農民は国の宝である」(賀川豊彦)。

 

高崎市のスーパー「まるおか」

巨大なイオンモールの真横で、開店前から長い行列ができるスーパー「まるおか」は壮観だ。私が頂いたお土産も本当に美味しく感激した。在来の種で本当に美味しい野菜がたくさんある。在来製法のホンモノの海苔やシイタケや調味料は本当に美味しい。

この生産と消費が支え合う仕組みを確立できれば、みんなの暮らしと健康が守れる。大量流通には乗らないが、在来の種で本当に美味しく安全な農林水産物を全国津々浦々から集めて販売する、生産者と消費者をホンモノで結ぶ懸け橋「まるおか」。社長さんが店内に掲げる言葉「食は命」にその決意が滲む。

(文責編集部)

※鈴木宣弘さんは、生産者と消費者を繋ぐ架け橋として、一般社団法人「食料安全保障推進財団」を設立され、協力を呼びかけています。詳細はhttp//www.foodscjapan.org

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