2023年10月30日月曜日

 「新しい戦前」にしないために 

神戸女学院大学名誉教授 
           石川康宏 

 107日の東京革新懇学習交流会での石川康宏さんの講演の要旨をご紹介します。

 

平和ひらく本当の道を語ろう

岸田政権は「戦争の準備」を急速に進めているが、そのことの危険性については極めて無自覚。しかし、危険性を指摘するだけではだめ。政府はそれを平和のためだと説明している。だから「本当の平和への道はこちらだ」としっかり対案を提示する必要がある。「危険だからブレーキ」というだけでなく「こちらこそ本当に平和を守る道」と魅力ある明るい道を示さねば。そこが「新しい戦前」をめぐる現在の分岐の焦点。対案を語る力を身につけよう。

 アメリカの戦略への実践的一体化へ

政府が大軍拡のアクセルを急に踏み込んだのは、202212月の「安保3文書」から。その背景にはアメリカの戦略が。アメリカは力でアジアを管理するのに、日本などとの共同の抑止が必要だと。そこで「3文書」はそのアメリカとの共同戦争をめざした「戦争法」(2015年)を前提に、実際に発動するための実践的な準備をするとしている。

政府は「反撃能力」とごまかすが、自衛隊制服組トップだった河野克俊・前統合幕僚長は、はっきり「攻撃力」と。さらに河野氏は自衛隊では「目標情報の把握や打撃効果の判定」能力が不十分だから、ミサイル発射はアメリカに頼らざるを得ないとも。どこを攻撃するかはアメリカ頼み。日米の軍事的一体化の実態は米軍の下請部隊になるということ。アメリカの統合防空ミサイル防衛(IAMD)の一環。アメリカはこれを「アメリカ本土とアメリカの国益」を守るものと説明している。日本の市民の命や安全は考慮の外。 

北京にまで届くミサイルを、軍需産業の暗躍も

ミサイルは1000㌔、2000㌔、3000㌔と射程距離の長いものを購入、開発するとしている。射程距離が1500㌔もあれば九州から北朝鮮の全域にミサイルが届く。2000㌔あれば沖縄や九州から中国の北京にまで届く。相手側からすれば「日本は防衛だけと言っていたのに、こちらにまで届く攻撃の準備ばかりしているではないか」「やられる前にやる準備を」と緊張と警戒心を高めさせる。それは非常に危険なこと。

政府はアメリカからトマホークを購入するが、生産しているのはレイセオンという軍需資本。アメリカのオースティン国防長官はレイセオンの取締役だった。前国防長官のエスパー氏はレイセオンの副社長だった。他方、この6月に政府は軍需産業支援法を成立させたが、この背後には日本の軍需産業の動きが。日本経団連には防衛産業委員会があり、その委員長は経団連副会長でもある三菱重工。軍需産業支援法は彼らの要望を丸呑みした軍需産業への利益保障法。日米ともに政府と軍需産業が深く結びついている。

レイセオンの売上高に占める軍需比率は65%(2021年)。日本最大の軍需資本である三菱重工業は売上収益に占める「航空・防衛・宇宙」の比率が15%(2023年度第1・四半期)、受注に占める比率で43%。平和産業としての発展を求めていかねばならない。 

すでに起こっている緊張のエスカレート

日本をとりまく安保環境が厳しいとして、日本政府は軍拡と米軍への従属的一体化だけを進めている。しかし軍拡は「敵」とみなされた相手の軍拡を引き出して、際限のない軍拡競争を導く。この夏818日に日米韓3ケ国首脳が軍事的連携の強化で合意したが、その翌日、北朝鮮はただちに海軍に戦術核を配備させると発表した。こちらが強気に出た時、相手も強気に出るなら決して軍事的優位は実現しない。逆に安保環境は悪化するばかりで、一向に平和や安全は見えてこない。

北朝鮮の軍事費は現在の日本とほぼ同額だが、中国の軍事予算は日本の7倍弱で、そもそもGDP5倍に近い。とても軍拡競争のできる相手ではないことも重要な事実。 

日本全土が戦場の危険、市民は逃げまどうしかない

 万が一戦争がはじまればどうなるか。アメリカの戦略問題国際研究所というシンクタンクが「台湾有事」についてのシミュレーションを行なった。その結果、日米は何十もの艦船、何百もの航空機、何千もの兵士を失うと。何千もの若い自衛隊が死ぬ見込み。それをなんとか回避するのが政治の役割ではないか。しかし、自民党と公明党の岸田政権にその動きはない。

 戦場が広がれば、在日米軍基地、自衛隊基地のすべてが敵の攻撃目標となる。敵基地攻撃の長射程ミサイルは、まず鹿児島から台湾にいたる南西諸島に配備されるが、次の段階では富士山周辺に、その次の段階では北海道に配備の計画。つまり日本列島は全体がミサイル列島となり、したがって列島の全体が敵の攻撃目標になる。

浜田防衛大臣(当時)もわが国に被害が及びうると答弁した(202326日、衆院予算委員会)。北海道から沖縄まで全国の自衛隊基地を「強靱化」する予算が5年で4兆円すでにつけられている。わが家には強靱化予算は降りてこない。まず軍を守るため。

 市民は空からミサイルが降るなか逃げまどう。全国の原発のどれかが被弾すれば数百万の市民が数十㌔、数百㌔と避難しなければならなくなる。戦争が長引けばエネルギー自給率10%、食糧自給率が海外からの種子や肥料などの輸入が万が一継続したとしても38%のこの国では、暑さ寒さで人が死に、3人家族の2人は餓死していく。

これが「もし戦争になったら」のリアルな現実。軍拡でなんとかなると考える方がお花畑。戦争になれば日本は焼け野原。いかに戦争に起こさないかが目前の課題。 

東アジアで戦闘死者が激減、平和ひらくASEANの努力

このグラフは第二次世界大戦後2010年代までの世界の戦闘死者数を示したもの。第二次大戦直後、東アジアでは東南アジアの独立戦争、朝鮮戦争などで多くの死者。一時は落ち着くが、アメリカによるベトナム戦争の拡大で再び死者が増える。しかし、1975年にベトナム戦争が終わった後は、カンボジアとベトナムの戦争などを例外に、東アジアでの戦闘死者はきわめて少なくなっていく。その一方で、70年代の終わりから東アジア以外の地域での死者が増えていく。

東アジアでの死者の現象は偶然ではない。70年代以降の東アジアには、軍事力で平和を守るのでなく、互いの信頼と友好を深めることで平和を守ろうとする新しい取り組みが生まれていた。その主体はASEAN(東南アジア諸国連合)。アメリカによるベトナム侵略戦争の中、同じ東南アジアの国に米軍基地が置かれ、そこからベトナムへの爆撃機が飛んだ。軍事大国アメリカによる東南アジアの分断。二度と同じことがあってはならないと、75年アメリカが敗北すると、ASEAN各国は東南アジア友好協力条約(TAC)を結ぶ。互いの主権と領土を守る、内政には口出ししない、紛争は平和的に解決する、武力行使はしない、武力での威

“絶対に戦争しない”条約をあらゆる国によびかけて嚇もしないといういわば“絶対に戦争しない条約”。これが1976年のこと。 

その後、ASEANTACASEAN加盟国の条約にとどめず、ASEANとかかわりをもつすべての国に呼びかけた。現在の加盟国は10カ国。そのASEANが世界54の国とEUとのあいだにこの条約を結んできた。ASEANとは絶対戦争しない条約に、北朝鮮や中国も応じている。

東アジアにおける最後の正規軍同士の衝突は1988年の中国とベトナム。南沙諸島の島の領有権をめぐる衝突。その後、ベトナムは92年にTACに、95年にASEANに加わる。そうなると今度はASEANと中国の関係が微妙になりかねない。そこでASEANは中国を遠くに追いやることなく、逆に自らの外相会議に招いて「対話国」とした。積極的に相互の信頼を高める努力を開始した。その結果、2002年に島の領有権問題で敵対的行動はとらない、平和的解決をめざすという「南シナ海に関する関係国の行動宣言」で合意する。さらに03年にはTACを結んでいく。今日も特にアメリカとの軍事同盟国であるフィリピンとの間に、島や海域の領有をめぐる軋轢が起こっているが、それでも軍は出すことはできない。そうなればTACに反することになる。 

ASEANインド太平洋構想の大きな力

現在ASEANは信頼と友好にもとづく平和の共同体をアジア全域に広げる大志をもっている。アジアのすべての国が相互にTACのような条約を取り交わし、さらにアジアの外にもこれを広げることで戦争のないアジアをつくろうと。壮大な展望。そこへの重要な一歩がASEANインド太平洋構想(AOIP)。ASEANは国連でも2国間でもこれの推進を表明し、ASEAN以外の国に積極的によびかけている。

先ほど、818日の米日韓による軍事連携強化を紹介したが、この時の共同声明は中国を軍事的に包囲することを柱としながら、他方でASEANAOIPを積極的に推進すると書いている。3カ国は中国を排除して敵にまわす方針で、ASEANは中国を仲間にいれて信頼を高める方針。両者はまったく相反する。しかし、そう書かずにおれない現実的な力をASEANとこの路線はもっている。岸田首相も日米安保路線とAOIPの両方を推進するとしている。

もしAOIPの推進を本気で考えるなら、憲法9条の「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」を指針に、中国、北朝鮮、ロシア等との平和を拓くための対話をただちに始めるべき。これは9条をいかした外交の重要な柱。 

東アジアとヨーロッパの違い

世界最大の軍事同盟NATOをもつヨーロッパでは、1988年以降、正規軍同士の衝突が10回以上起こっている。東アジアにはこの地域の国同士の軍事同盟がない。あるのは米日、米韓、米比の同盟だけ。またヨーロッパには意見の相違をこえて対話と友好を進める組織が機能していない。ソ連崩壊後のロシアと欧米の関係づくりはいつもNATOが前面に立って行なってきた。軍事同盟は仮想敵をもつもので、NATOはソ連・ロシアを仮想敵とした。そういう組織では信頼と友好は深められない。それに対し東アジアにはすでに見たASEANの取り組みが。

NATOに習って軍拡ではなく、ASEANにならって合意と共同を進めることこそ平和への道。NATOは軍事力による戦争の抑止に失敗している。ASEANは戦争を起こさない東アジアづくりに貢献してきた。両者の実績が違う。この道こそ平和を拓く道。 

政治の方向を転換せねば

岸田政権は、安倍政権がつくった「防衛装備移転3原則」をさらに踏み越えて、イギリス・イタリアと共同開発する最新鋭戦闘機の輸出に道を開こうと。いわゆる殺傷武器の輸出解禁。日本が輸出した武器で人が殺される。武器が使われるほど軍需産業はもうかることになる。すでに日本の先端半導体がアメリカの武器製造に提供されているとの報道もある。日本の経済や社会が世界のどこかでの、あるいは日本自身の戦争に依存するものになってしまう。「死の商人」国家、「戦争待望」国家になる。そうしないための政治の方向転換が急務。

岸田政権の支持率は低く、それも安倍政権期と違って若い世代ほど低くなっている。遠からず実施される総選挙で、戦争国家の道を転換する立憲野党の政権づくりをめざす必要がある。最大の力は、平和を求める世論の強まり。平和めざす市民と野党の共闘を求める世論の強まり。革新懇はここで多いに力を発揮したい。

政治の主人公は1人1人の市民。指示まちでなく、誰にも気兼ねすることなく自由に声を。思うまま自由に活動を。全国をリードする東京革新懇の取り組みに期待。ともにがんばりましょう。

※以下は当日の動画です

                    動画 石川康宏講演①

動画 石川康宏講演②
           
動画 石川康宏講演③
動画 石川康宏講演④          

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