2021年8月31日火曜日

 菅政権と日米軍事同盟・改憲の新段階その②

市民の力で改憲に終止符を

九条の会事務局  一橋大学名誉教授  渡辺 治 さん

619日に開催された九条の会東京連絡会の渡辺治さんの講演の前号に続く後半部分をご紹介します。 

3.菅政権における改憲の新段階――2つの改憲 

■菅政権は9条破壊、「解釈改憲」を推し進めている

 日米軍事同盟強化のため、菅政権は2つの改憲を進めています。

第一の改憲は、「解釈改憲」です。菅政権は、市民の抵抗が強く明文改憲を早急にはできそうもない、日米軍事同盟強化の具体化も急がねばならないという事情の下、実質的な9条破壊をさらに推し進めようとしています。

〈安倍の置き土産――「敵基地攻撃力保有」の実行へ〉

一つが、安倍の置き土産の「敵基地攻撃力保有」です。

もともとの議論は、1956年、北朝鮮の誘導弾攻撃に絡んでなされました。攻撃が確実で「他に手段がない」時は敵基地を叩くことが認められるとしたが、それを口実に攻撃的兵器を装備することはできないとされ、「敵基地攻撃力」は事実上持てないとされた。

2000年代に入り、北朝鮮のミサイル実験が繰り返され、敵基地攻撃力保有論が再燃しましたが、この政府解釈は維持されました。

ところが、安倍政権末期に、突然、敵基地攻撃能力保有論が再燃。安倍は、20年6月、イージス・アショアの配備断念を口実に敵基地攻撃力保有の検討を開始すべきと発言。それを受けて自民党内で検討チームが作られ、8月4日、自民党政調会名で「国民を守るための抑止力向上に関する提言」が発表されました。

〈自民党提言に現れた敵基地攻撃力保有の狙い〉

提言には狙いが示されていました。第一に、政府は“敵基地攻撃力保有は北朝鮮のミサイルのため”としていたのですが、提言では、その対象が中国であることが明記されたのです。第二に、日米同盟の中で日本が「より主体的な取り組み」つまり、攻撃的役割を担うため、ということが示唆されたことです。

トランプ政権は、対中軍事対決路線の採用に伴い、中国が未加盟のために大量の中距離弾道ミサイルを第1列島線を射程に入れて配備していることを口実に、19年2月1日、一方的に中距離核戦力全廃条約から離脱、ロシアも条約義務の履行停止に踏み切り条約は失効しました。以後アメリカは中距離ミサイルの製造、配備に乗り出し、日本の米軍基地への配備や自衛隊にも中距離ミサイルの保有するよう圧力をかけてきています。敵基地攻撃力保有論の背景には、アメリカの軍事戦略に呼応して日本にも対中の「矛」の役割を担わせようという要請があるのです。

〈菅政権、「スタンド・オフ」と言い換えて閣議決定〉

この直後、安倍首相はコロナ対策に失敗して退陣を余儀なくされましたが、9月11日、「談話」で次期首相への「遺言」として、敵基地攻撃力保有の検討を申し送ったのです。

それを受け、菅政権は1218日に「スタンド・オフ防衛能力の強化について」を閣議決定、21年度予算案にも盛り込んで、敵基地攻撃力保有に踏み出したのです。「スタンド・オフ」能力とは、敵の攻撃範囲の外から相手の基地を攻撃する、敵基地攻撃力に他ならないのです。

〈南西諸島への自衛隊ミサイル部隊の配備〉

解釈改憲の第二は、対中軍事包囲網、日米共同作戦体制強化です。安保法制以降、安倍政権は、16年与那国島、19年奄美、宮古島に自衛隊ミサイル部隊を配備、石垣島にも自衛隊駐屯地の建設に着手。菅政権のもとでも加速。日米共同声明で約束された辺野古基地建設、馬毛島基地建設を推進、南西諸島での日米共同訓練も計画されています。

〈「武器等防護」の日常化――日米共同作戦体制の緊密化〉

安保法制で新設された米艦、航空機に対する自衛隊の警護、防護活動は、17年2件が、20年には25件と飛躍的に増加。多くは日米共同訓練での米軍防護です。

菅政権は、総選挙を乗り切った場合には、日米ガイドラインを改定し、台湾有事の際の「共同作戦計画」を狙っていると報道され、日米共同作戦が一層緊密化します。

〈対中軍事同盟網の拡大〉

さらに、日米だけでなく日英、日印、日独、日豪などの2+2が相次いで開かれ、アメリカを盟主としながら対中の多角的軍事同盟網がつくられようとしています。

〈重要土地調査規制法〉

菅政権による重要土地調査規制法の強行は憲法破壊の一環です。法律は、米軍、自衛隊基地や原発などの「重要施設」周辺の土地利用者の情報を自治体、利用者から取得と定め、近隣住民が重要施設の「機能を阻害する行為の用に供しよう」とする場合に、その活動を制限できるとしています。基地反対運動、反原発の住民運動などの規制をもくろむものです。対中軍事同盟強化に伴い増加する基地建設や演習などへの沖縄を先頭とする反対運動への対処が必要になったからに他なりません。

 

■菅政権における明文改憲の新段階――菅政権の新方式

菅改憲のもう一つの柱が明文改憲です。

〈菅、5・3改憲メッセージ〉

菅は、改憲派集会にビデオメッセージを寄せ、改憲4項目、特に、緊急事態条項と自衛隊明記をあげて改憲論議を促し、手始めとして、改憲手続法改正を掲げました。安倍に比べ改憲には消極的と右派から「心配」されていた菅がメッセージを出した背景には、日米共同声明の実行と憲法9条の矛盾が抜き差しならないものになったからです。

 主催者の櫻井よしこ氏の講演でも露骨に言われています。日米共同声明を高く評価した上で、「もし首相の言葉が、言葉だけに終わったら、……日米同盟の破綻につながる」「今の国際情勢を見ると」改憲に「ぐずぐずしている暇は一瞬たりともない」と明文改憲を急ぐよう圧力をかけています。

〈緊急事態規定改憲の2つの狙い〉

では菅は、なぜ緊急事態改憲論を強調したのでしょうか。二つの狙いがあります。国民の支持が強い9条から始めるのは難しい。国民が共感できそうなのが緊急事態改憲と見込んだのです。コロナ失政を逆手にとり、〝緊急事態規定がないとコロナ対策の万全はつくせない〟との口実で改憲論議に入ろうという狙いです。

もう一つの狙いがあります。自民党改憲案では、政府が「緊急事態」と判断したら、国会を通さずに、政府の命令で市民の自由を奪ったり制限ができると規定しています。

 明治憲法は、緊急事態規定の宝庫のような憲法で、緊急勅令、戒厳令などを濫発し国民を戦争に動員。その苦い経験から、世界でも珍しく、日本国憲法には緊急事態規定がありません。その復活は、9条改憲とセットで「戦争する国」づくりに他なりません。

〈改憲手続法改正強行の狙い〉

菅メッセージが強調したもう一つが、改憲手続法改正案。改正案は憲法審査会で改憲論議の停滞打破の突破口をねらって2018年6月に提出。運動の高揚と野党の頑張りで裏目に出て、8国会にわたり継続審議、改憲論議の足枷になっていました。メッセージを受け、自民党は立憲民主党修正案を丸のみし、改正を強行。総選挙で改憲派に万一3分の2を許すことがあれば、菅自民党は憲法審査会で改憲4項目の審議を狙ってきます。

自民党は改憲4項目案をあえて「たたき台」とし、公明党、維新の会、国民民主党の意見を「取り入れ」て改憲原案を作り、憲法審査会で立憲民主党と共産党、社民党を孤立させ発議に持ち込むという戦略です。

 

4.日米軍事同盟と改憲で日本とアジアの平和は実現できるのか?

 

では、菅政権が推進する日米軍事同盟強化、日米共同作戦体制、改憲と「戦争する国」づくりによって、日本と東北アジアの平和を実現できるのでしょうか。

 

■日米軍事同盟強化、改憲では東北アジアと日本の平和は実現できない

〈揺れる国民意識〉

 中国の覇権主義的行動の激化を機に、世論調査では日米共同声明や日米同盟に対する支持が増えています。しかしそれは国民が武力による解決を望んでいるからではありません。最近の朝日の世論調査で、憲法9条を変える方が良いは30%、変えない方が良いが61%であることもその証拠です。ただ、〝中国はやっぱり怖い。アメリカに守ってもらうためには、自衛隊がそれなりに協力しないと駄目なんじゃないか〟という意識が強まっている。しかし軍事同盟強化では、東アジアの平和は実現できません。

〈軍事同盟強化は戦争の危険を増大させるだけ〉

 日本が、対中軍事同盟強化に邁進することは、中国の対抗措置をうみ、米中の軍事対決の亢進と戦争の危険を増大させるだけです。

軍事対決が亢進し、万一、台湾を巡り武力紛争に発展したら、アメリカは介入し、沖縄をはじめとする米軍基地が米軍の出撃拠点となるばかりでなく、安保法制によりアメリカの戦争に自衛隊も加担することになります。台湾海峡での軍事紛争は、安保法制の「重要影響事態」との判断で米軍の攻撃への加担を強いられ、軍事衝突が拡大すれば「存立危機事態」として自衛隊が戦争に武力で参加する危険も生まれます。

〈戦争の危機を防ぐもの〉

米中の覇権主義対決、軍事対決が戦争に直結するわけではありません。あの冷戦時代にあっても、米ソの直接対決・戦争は周到に回避された。

その上、米中の経済関係は、「自由な」市場を共通の前提に、投資でも貿易面でも冷戦時代の米ソと比較にならない密接な連携と相互依存状態。戦争や長期の軍事衝突は、双方の企業に致命的な打撃を与えます。また、米中、日中の市民の交流や共同した運動は、冷戦期と比べものにならないくらい深まっています。

問題は、米中の経済的利害の共通性や市民間の交流は、自動的に戦争を回避し東北アジアの平和を保障するものではないことです。紛争を武力によらないで解決する枠組を作ろうという当事国・地域の市民と政府による自覚的な行動と取り組みが不可欠です。

 

■アジアにおける紛争の平和的解決の枠組みづくりを 

日本がやるべきことは、紛争を平和的に解決する枠組み作りのイニシアティブをとることです。日本は、東北アジアの一国であるばかりか、悲惨な戦争を踏まえて、戦争放棄と武力不保持の憲法を持っています。日米軍事同盟の片棒を担いでいますが、紛争の非軍事的解決のルールづくりに動く資格と責任を有した国です。もちろん日本一国では不十分、韓国と手を組み、A S E A N諸国と連携し、E Uとの連携の模索も重要です。

そのためにも、安保法制を廃止し、核兵器禁止条約を批准し、過去の侵略戦争と植民地支配に対する反省と謝罪が不可欠の前提です。ところが、自公政権は、それと全く逆の道を行こうとしています。 

5.どうすれば、菅改憲を止められる?

 ――市民の力で改憲に終止符を

 菅改憲を止めるためには、市民には2つの課題があると思います。

■コロナに注意しながら、改めて市民の声を

 一つは、コロナに注意をしながら、あらためて市民の声と行動を起こしていくことです。この間、市民はいろいろな工夫をしながら活動していますが、大規模な集会など私たち市民の声が少し減った。これが先に見たような世論調査の結果を生んだ一つの要因ではないでしょうか。工夫をして、市民がもう一回声を上げる、これが第一の課題です。

■都議選、総選挙で改憲勢力を後退させる

 もう一つは、来るべき総選挙で、改憲勢力を追い落とすために市民が頑張ることです。

市民と野党の力で、都議選で何としても自公勢力、改憲勢力を大幅後退させる。

そして総選挙。自公政権を倒すことができれば、改憲の息の根は止められます。最低でも改憲勢力3分の2を大きく割り込ませる。改憲策動は見直しを余儀なくされます。 

■改憲・戦争加担か、改憲阻止・平和への転換か、選択の時

 九条の会17年の歴史の中で、かつてない事態が訪れています。安倍・菅政権の対中軍事同盟強化・戦争加担の体制づくりが続けば、日本が戦争に加担するだけでなく、戦場になる危険が生まれます。

同時に、安保法制と改憲に反対する運動の中で、市民と野党の共闘が前進し、自公政権を倒し改憲に終止符を打つ展望をつくり出しています。

私たちが今そういう時代にいることを自覚して、改憲に終止符を打つために頑張りましょう。そのことを強調して、私の講演を終わりたいと思います。

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