2022年7月25日月曜日

 日本を再び「戦場」にしないために


 
ジャーナリスト 布施祐仁 

 布施祐仁さんが5月に出版された「日米同盟・最後のリスク」が注目を集めています。ロシアと同様に中国が台湾に侵攻するのではないかとの懸念が生まれ、また、岸田首相や自民党は、台湾有事を口実に軍備増強や敵基地攻撃能力保有を進めようとしています。

アジアの状況をどう分析し対応すべきか、布施さんの了解も得て、本の6章を中心に、要点をご紹介します。ご購読も呼びかけます。

 中国が近い将来、台湾に侵攻する可能性は低い 

 中国が「レッドライン」としているのは台湾の「独立」です。「反国家分裂法」は、「台湾の中国からの分離をもたらしかねない重大な事変が発生したとき、または平和統一の可能性が完全に失われたとき」には、「非平和的方式」で領土保全を図ることができると定めています。

 台湾海峡の緊張が高まったのは、党綱領に「台湾共和国の建国」を掲げる民進党の蔡英文氏が2016年に総統になってからでした。ただ、蔡氏は「(公式に)独立国家を宣言する必要はない」「現状維持が方針だ。それが中国に対する非常に友好的な意思表示であると思う」と表明しています。

 アメリカは1978年の中国との国交樹立の際に、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを認め、中国は一つで、台湾は中国の一部であるとの中国の立場に異論を唱えないと約束しました。アメリカは現在も、この立場を変えていません。

 これに加えて、2つの理由で中国が近い将来台湾への武力侵攻を行う可能性は高くないと考えています。第一に、戦争になった場合の経済的な被害は甚大です。中国で共産党の一党支配を支えてきたのは、前例のない高度経済成長です。支えてきたのは、海外からの投資と国際貿易。輸出相手国の第一位はアメリカ、輸出総額の17.1%。以下、日本4.9%、韓国4.4%、ベトナム4.1%、ドイツ3.4%。いずれもアメリカの同盟国または友好国。中国が台湾に侵攻すれば、制裁で経済が致命的な打撃を受けるのは必至です。

 第二の理由は、中国が台湾を武力で統一するのは現実的に困難だからです。米軍のミリー統合参謀本部議長は2021年上院の公聴会で「中国が台湾全体を掌握する軍事作戦を遂行するだけの本当の能力を持つまでには、まだ道のりは長い」と証言しています。

台湾の202111月の世論調査では、中国による台湾侵攻がいずれは起きると思うかとの問いに、「そう思わない」64%、「そう思う」28%。

当の台湾の人々が有事は切迫していないと考えているのに、日本では政治家やメディアが、切迫しているかのように大騒ぎしています。危機を強調し、日米同盟強化、軍事増強を推し進める人たちがいるのです。

日本の軍事費をGDP2%に倍増することはアメリカの要求でもあります。 

アメリカと中国が戦争する可能性は自然として存在 

アメリカも中国も、一方で戦争を望まないとしながらも、軍事的に優位に立つための軍拡を続けようとしています。

ミリー統合参謀本部議長も「中国は今世紀半ばまでに米国より軍事的な優位性をもつ考えを公言している。強力な経済力をもち、徹底的に資源を投資するつもりだ。米国は平和と抑止を続けるために軍事的な優位性を維持しなければならない」(「朝日」202178日)と語っています。

ジョセフ・ナイ氏は、米中の間の経済などでの相互依存関係があり戦争は考えにくいとした上で、「同時に計算違いの可能性は常にあり、また『夢遊病者のように』破滅へと歩みを進めてしまう危険がある」と警鐘をならしています。

日本は「抑止力」強化でなく「仲介外交」の促進を 

 日米同盟は、「抑止力」という要素とともに、「アメリカの戦争に巻き込まれる」という大きなリスクがあります。

 日本は戦後、アジアは中東でアメリカが行ってきた戦争に基地を提供し協力してきましたが、直接的に戦争に巻き込まれることはありませんでした。それは、アメリカの交戦国に、海を越えて日本を攻撃する軍事力がなかったからです。しかし、米中戦争が起きた場合、通常弾頭のミサイル打ち合いでも、日本各地に甚大な被害が出ます。核戦争にエスカレートすれば、日本は文字通り焦土となります。

 日米両政府は、日本への中距離ミサイル配備など日米の軍事力を強化することで、中国の台湾侵攻を「抑止」しようとしています。しかし、それは中国の反発と軍拡を招き、地域の緊張を高めるでしょう。 

アセアンこそが「仲介外交」の最高の手本 

東南アジア諸国連合(アセアン)は、20196月に開催した首脳会議で、インド太平洋構想を採択、「対抗ではなく、対話と協力のためのインド太平洋地域」をめざすと宣言。「利害が競合する(米中の)戦略的環境の中で、アセアンは誠実な仲介者であり続ける必要がある」と強調。

アセアンは、1967年に反共色彩の強い地域協力機構として出発。ベトナム戦争終結後る東南アジア友好協力条約(TAC)を締結。地域の協力機構として発展します。に、平和共存の道を選択。1976年、主権尊重、内政不干渉、紛争の平和的解決を原則とす

紛争を予防するためには、域外の国々とも対話を通じて信頼醸成を促進するとして、1994年安全保障対話の枠組み「アセアン地域フォーラム」を立ち上げ、アメリカ、ロシア、中国、インドなどを招待。  

1995年には、東南アジア非核兵器地帯条約を結びました。

1988年、南紗諸島の領有権めぐり、中国海軍とベトナム海軍が衝突、ベトナム軍兵士64人が死亡。1992年に中国が南シナ海の島嶼の領有権明記した「領海法」を制定すると、アセアンは「南シナ海に関するアセアン宣言」を発表し、平和的解決を求めました。2002年、アセアンと中国の間で「南シナ海に関する関係国の行動宣言」を策定、領有権問題の平和的解決と敵対行動の自制、軍関係者の相互交流、環境調査協力を進めることで合意。2003年には、TACに中国が域外国として初めて加入します。

201511月、「アセアン共同体」の設立を宣言。ホスト国のマレーシアのナジブ首相は「東南アジアはかつてアジアの『バルカン半島』として紛争の発信源だったが、いまや紛争の平和的解決の発信源のひとつに浮上した」と表明しています。

 アメリカの同盟国のフィリピンは 

 アセアンにはアメリカと相互防衛条約を結んでいるフィリピンも加盟。フィリピンのロレンザナ国防相は2019年「フィリピンはどの国とも対立しておらず、今後、どの国とも戦わない」「私が心配しているのは、(アメリカの)保証がないことではない。われわれが求めても欲してもいない戦争に巻き込まれることだ」と強調しています。 

安全保障の主流は軍事同盟から地域安全保障機構にシフト 

 東南アジアにも軍事同盟の「東南アジア条約機構」(セントー)がありましたが、東南アジア友好条約を締結した1977年に解散しています。

 南北アメリカ大陸にも、共産主義封じ込めを目的とする「米州機構」が1948年に結成。2011年に「アメリカから自立した地域統合」として「ラテンアメリカ・カリブ諸国共同体」が中南米のすべての国が参加して発足。2014年に、ラテンアメリカ・カリブ地域を「平和地帯」とする宣言文書を採択しています。 

日本とアジアの平和な未来のための5つの提言 

 私は、日本も東アジア地域の対話を促進し、紛争を予防する外交をおおいに展開すべきだと考えています。そのために5つの提言をします。

①米中の衝突を防ぎ、覇権なきアジアを目指す仲介外交を

何より重要なのが、米中の軍事衝突を予防するための仲介外交です。米中双方に対して、軍事的緊張を高めるような行動を互いに自制するよう求めていくべきです。

特に中国に対しては、力で一方的に現状を変更するような行動は慎むよぅ、粘り強く求めていく必要があります。もちろん、日本も、アメリカと一緒に軍事的緊張を高めるような行動は自制しなければなりません。

日本と中国を拘束する日中平和友好条約(1978年締結)は、第1条で日中の恒久的な平和友好関係を発展させると確認しています。

私が特に重要と考えているのが第2条です。「両締約国は、そのいずれも、アジア・太平洋地域においても又は他のいずれの地域においても覇権を求めるべきではなく、また、このような覇権を確立しようとする他のいかなる国または国の集団による試みにも反対することを表明する」。

米中が国交を樹立した際の共同コミュニケ(1978年)にも反覇権のまったく同じ文章が盛り込まれています。日本は、中国にも、アメリカにも覇権を追求しないよう求めなければなりません。

②尖閣での衝突回避を

201411月に日中両国政府が「双方は、尖閣諸島等東シナ海の海域において近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し、対話と協議を通じて、情勢の悪化を防ぐとともに、危機管理メカニズムを構築し、不測の事態の発生を回避することで意見の一致をみた」と確認しています。領海警備を続けながら、対話と協議を粘り強く行っていくことが重要です。

③安全保障対話のテーブル 

 北東アジアには多国間で話し合う枠組みが存在しません。北朝鮮の核問題を話し合う6カ国協議では、2005年に「6者は、北東アジア地域における安全保障面の協力を促進するための方策について探求していくことで合意した」と確認。こうした安全保障対話のテーブルの定期開催を日本が提唱するのもひとつのアイデアです。

④核・ミサイルの軍備管理の枠組みを

核軍縮と共に重要なのが、核兵器使用の可能性を低減する努力です。そのひとつが核兵器先制不使用政策です。中国はすでにこの政策を採用、アメリカが採用すれば、核兵器をめぐる米中の緊張は緩和されます。バイデン氏が副大統だったオバマ政権のとき、核兵器の先制不使用政策の採用を検討しましたが、日本政府が反対しました。アメリカが同政策を採用するよう背中を押すべきです。

⑤北東アジア非核兵器地帯の提唱を

アメリカと北朝鮮は2018年の史上初の首脳会談で、朝鮮半島の非核化と恒久的な平和体制の構築をめざすことで合意。「北東アジア非核兵器地帯条約」は、非核化の対象地域を朝鮮半島から北東アジアに広げるものです。

 日本と韓国、北朝鮮の3カ国が「非核兵器地帯」となり、核兵器の開発、保有、実験、配備などを禁止。さらに核保有国のアメリカ、中国、ロシアに対しても「非核兵器地帯」内での核兵器の使用と威嚇を禁止します。 

このような外交を展開していけば、米中間の緊張を緩和し、日米同盟が内包する「日本がアメリカの戦争に巻き込まれるリスク」を低減できます。現在の日米同盟下で実行するのは容易ではありません。特に、アメリカ政府から強い圧力をかけられることもあるでしょう。これを克服できるかはひとえに国民世論にかかっています。国民の強い意志があれば、一歩一歩前に進むことはできると私は信じています。

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