2020年9月1日火曜日

 「敵基地攻撃能力保有論」の起源 

東京革新懇代表世話人 立正大学名誉教授 金子 勝


 
はじめに

 安倍内閣は、二〇二〇年六月一五日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)から発射された弾道ミサイルを陸上から撃墜するためのアメリカ製「イージス・アショア」を、秋田県と山口県の陸上自衛隊演習場(秋田市・新屋演習場、萩市・むつみ演習場)に一基づつ配備する計画(二〇一七年一二月一九日・閣議決定)を撤回すると発表した。すると、舌の根のかわかぬうちに、安倍晋三内閣総理大臣は、六月一八日の記者会見で、「敵基地攻撃能力」の保有を視野に入れた新しい安全保障戦略を打ち出す考えを表明した。また、自由民主党は、八月四日、総理大臣官邸で、相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取組を求める「国民を守るための抑止力向上に関する提言」を、安倍内閣総理大臣に提出した。この提言を受けて、安倍内閣総理大臣は、同日、国家安全保障会議の四大臣(財務大臣・内閣官房長官・外務大臣・防衛大臣)会議を開催し、新たな安全保障戦略の作成に向けた議論を本格化させた。その後、記者団に、「自由民主党の提言を受け止め、しっかりと新しい方向性を打ち出し、速やかに実行していく考えだ」と述べた。

 「敵基地攻撃能力保有論」が急浮上した背景に、何があったのであろうか。 

1、「二一世紀日米安全保障条約」体制と「敵基地攻撃能力保有論」 

 日本国の軍事戦略は、「日米安全保障条約」を動かす日米権力機構――「日米安全保障条約」体制から、日本国憲法「第九条」を意識して、アメリカ主導で編出されている。

 「イージス・アショア」の秋田県と山口県への配備計画は、「日米安全保障条約」体制のもとでのアメリカ防衛(海外米軍基地を含む)に関する日米間の役割分担を踏まえて、アメリカ主導で決定されたものである。

 その役割分担とは、「第九条」を意識した「盾と矛」の原則であって、日本国は防衛を主とする「盾」の役割を果し、米国は攻撃を主とする「矛」の役割を果たすとするものである。

 この観点から、「イージス・アショア」の配備計画を見れば、なぜ、秋田県と山口県への配備なのかの理由が明らかとなる。それは、グアムとハワイの米軍基地を北朝鮮の弾道ミサイルから防御するためには秋田県と山口県でなければならなかった(秋田大学・福留高明元准教授の分析)ということである。さすれば、相手国のミサイル発射拠点などを直接破壊できる打撃能力(「矛」の能力)を保有しようとする日本国の新たな策動も、米国の意向を受けてのものであると考えられるが、その動機は、何であろうか。

 今日の「日米安全保障条約」体制は、一九六〇年六月二三日発行の「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」と二〇〇六年六月二九日に発表された日米共同文書「新世紀の日米同盟」で構成される「二一世紀日米安全保障条約」体制である。

 「二一世紀日米安全保障条約」体制は、「新世紀の日米同盟」に示された「地球的規模での協力のため」の「日米同盟」(対米日属の米国至上主義型米日核軍事・経済同盟)体制である。

 「地球的規模での協力のための核軍事同盟」の内容は、米国による世界政治の支配化のために、世界中(宇宙を含む)で核を用いる侵略戦争を展開する同盟である。世界最大の経済力と軍事力を保有する米国に侵略戦争を仕掛ける国は存在しないからである。

 「地球規模での協力のための経済同盟」の内容は、米国による世界経済の支配化のために、世界中で経済戦争(他国の経済を破滅させる闘争)を展開する同盟である。

 「二一世紀日米安全保障条約」体制は、(1)一九九〇年代初頭から展開された米国発の「グローバリゼーション」(globalization 経済の地球規模化と訳されているが、資本・商品・サービス・労働力・投資・情報・技術などの国境を超える活動の自由化を志向する思考のこと)に基づいて世界中に進出している米国の多国籍企業と投資機関の投機マネーの権益を守るために、及び、(2)米国に代わって二一世紀の「覇権国家」になろうと台頭してきた(二〇〇一年一二月一一日の世界貿易機関への加入を画期として)中国に対処するために形成されたものである。

 「二一世紀日米安全保障条約」体制は、その全開のために、(1)米国に従属して、米国と共に、米国の国益(米国の国家と多国籍企業と投機マネーの利益のこと)のために、(2)世界中で侵略戦争や侵略目的の武力(兵士と武器)による威嚇及び武力の行使を実行する、また、(3)世界中で経済戦争を実行する日本国(「『安保』の国」=「『矛』の国」)を要求している。

 この要求は、日本国の国家と多国籍企業と投機マネーにとって、大きな利益となる。例えば、(1)米国と共に、宇宙と地球上の資源を略奪する侵略戦争ができるようになるからであり、(2)米国と共に、両国の国家と多国籍企業と投機マネーの権益を守る侵略戦争や侵略目的の武力による威嚇及び武力の行使ができるようになるからであり、(3)米国と共に、両国の求める世界秩序に挑戦する国や集団を征伐する侵略戦争や侵略目的の武力による威嚇及び武力の行使ができるようになるからである。

 米国は、トランプ大統領政権から、軍事面と経済面で中国を封じ込める政策の実行を本格化させている。それに伴って、日本国に対し、長距離巡航ミサイルの保有を念頭に置く「打撃力」を保有することを迫っている(ヤング駐日米臨時大使の発言。二〇二〇年一月二八日付「朝日新聞(朝刊)」)。

 この米国の意向を受けて、安倍内閣総理大臣は、これまでの「盾」に立つ安全保障戦略を転換させる大義名分を得ようと、「イージス・アショア」の配備計画が地元住民の反対運動で立往生していることを逆手にとって、その配備計画を撤回し、国民の不安を利用して、返す刀で、中国との・世界中での侵略戦争や経済戦争を行うための武器となる「敵基地攻撃能力保有」という「矛」の策を国民に提示した。

 2、「敵基地攻撃能力」の本質 

 「敵基地攻撃能力」の価値は、相手国がミサイル等での攻撃を始める前に攻撃することにある。その攻撃が行われた後に攻撃(反撃)しても、効果がないから、「敵基地攻撃能力」の本質とは、先制攻撃能力のことである。

先制攻撃は、攻撃を受けた後に反撃を行う権利である「自衛権」の行使とは別の物であって、「侵略権」の行使である。

 「侵略権」の行使となるが故に、先制攻撃及びそれと同義語の「敵基地攻撃」は、国際連合憲章で禁止され、侵略権とそれに基づく侵略戦争及び侵略目的の武力による威嚇又は武力の行使を否定している日本国憲法「第九条」でも禁止されている。

 国際連合憲章「第二条」は、「すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない」(第三項)。「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」(第四項)と述べている。

 「敵基地攻撃能力保有論」の出現で痛感するのは、世界一凶暴な「核軍事・経済同盟」体制となった「二一世紀日米安全保障条約」体制の限りなき早き解体の必要性である。そうなれば、平和な日本国の出発点となる。

 

0 件のコメント:

コメントを投稿