日本は食料も農業も崖っぷち―その①
自給率向上を放棄する農業基本法改定
東京大学大学院教授 鈴木宣弘さん
2月18日、日野革新懇総会での鈴木宣弘さんの講演の要旨を、了解を得て紹介します。私たちの生きる基本である食料・農業問題ですので、5月号と合わせ2回にわたり掲載します。
私自身は、三重県の半農半漁で生計を立ててきた両親の1人息子として生まれ、田植え、稲刈り、畑の耕起、海苔摘み、牡蠣むきなどやってきた。今も伊勢農協組合員で、農家の立場で今の状況を心配している。
日本の食料自給率が低すぎると懸念されている。なぜ日本がこのような国になってきたのか、一番大きいのはアメリカの戦後日本の占領政策だ。アメリカで多くの農産物が余り、これをどこで処理するか、日本人に食べてもらおうということで、それで助けられた面もあるが、農作物、特に小麦、トウモロコシが入り日本の生産は壊滅した。
でもアメリカにとって都合が悪いのがコメ。アメリカの小麦を日本人の胃袋に入れられないということで、学者の回し者も使われて、食生活改善という名目で都合がいいように変えられ、アメリカの食料の依存症になってきた。
日本側も活用したのが経済産業省。アメリカを喜ばせるには、日本が食料・農業系を差し出し、関税を撤廃する。代わりに日本は自動車など売り、食料はいつでも安く確保できる、これが食料安全保障との流れができてきた。
もう一つは、大蔵省(財務省)の財政政策だ。農水省の予算は1970年の段階で1兆円近くあったが、50年以上経ってやっと2兆円余。実質どんどん減らされている。片や防衛省予算は、農水省予算の半分ぐらいだったが、今や年間10兆円規模。再生エネルギーの事業者に払われている金額だけで4.2兆円。軍事、食料、エネルギーは、国家存立の三本柱と僕は言うが、一番命を守るのに大事な食料の予算がどんどん削られてきた。
世界で逼迫する食料事情
農業は苦しくなり自給率が低下し、その中で世界的な危機に耐えられるのかということになってきた。
中国のパワーはすごく、日本が買いに行っても残っていない。中国が高い価格で大量に買い付ける力ある。供給の方は異常気象で不作が頻発する。そこにとどめを刺すかのように紛争のリスクも高まっている。ロシアやベラルーシは、日本は敵だから売ってやらないと言い始めた。ウクライナは世界の穀倉だが、輸出できない状況だ。自国民を守るために防衛的に輸出を止める国がどんどん増え、今や30カ国ぐらい。インドは世界1、2のコメや麦の輸出があるが、まず小麦を止め、最近はコメも止めた。インドはコメの輸出で世界の4割を占めている。
そういう中で、日本の農業が大変なことになってきた。畜産の餌が供給できず価格も上がっている。全国で酪農畜産農家がバタバタ倒れている。さらに化学肥料は、ほぼ100%輸入。中国は自国の需要が増えたから制限する。ロシアとベラルーシにカリウム依存していたが、こちらも中国優先。さらに中国は有事に備えて、14億人の人口が1年半食べられるだけの備蓄をするということで、世界中から穀物を買い占め始めた。
日本の備蓄は、コメ中心に精々1.ケ月、頑張っても2ヶ月分だ。コメは、今800万トンぐらいしか生産していないが、能力をフル活用すれば1200万トン以上作れる。国産を強化して備蓄すればいいと言うと、そんな金あるわけないと政府は言う。アメリカの在庫処分のミサイルなどに43兆円使う金があったら国内の食料を守るために何兆円使ったってその方が先じゃないかという事だ。
国内で頑張っている農家いるが、海外に比べたらコスト高い、だから輸入みたいな話が出てくる。今その輸入が滞りつつある。国内の農家がコスト高でみんな苦しんでいる。それを放置したままで、台湾有事で攻めていくなどと馬鹿なこと言っていたら、海上封鎖されたら餓死して終わりだ。国内で生産は少々コストが高いように見えても、農業をみんなで支えることこそが自分たちの命を守ることだと位置づけないといけない。
野菜の自給率8割と言っているが、種採りの90%は海外圃場だ。物流停止で自給率は8%ぐらい。さらに肥料が止まれば4%。自分で種取ればいいと言ってもほとんどF1で1代雑種で種が取れない。だから国内の地域の在来の良い種をみんなで守り循環させる仕組みをきちんと評価しないといけない。
鶏卵の国産率は97%と頑張っているが、エサが止まれば自給率は12%、ヒナが止まれば今でもほぼ0%。
化学肥料の原料のリン、カリウムが100%、尿素96%輸入、その調達が出来なければ国内生産は壊滅する。飼料も肥料もその悪夢が現実になりつつある。
グローバル種子企業の要求
グローバル種子企業は、種を制する者は世界を制すると世界中でそれを買わないといけない仕組み作りを進めてきた。しかし、世界中の農家・市民が猛反発して苦しくなった。世界で苦しくなると、彼らが考えるのは、何でも言うことを聞く日本で儲けようと、要求し、制度化されたのが、①種子法の廃止。国がお金を出し、都道府県の試験場で米の種を作って、農家に提供する事業をやめさせる。②良い種は企業に渡しなさいという法律まで作らされた。③農家の自家採種の制限。④遺伝子組み換えでない表示(non-GM)の実質禁止。⑤全農の株式会社化。⑥遺伝子組み換えGMとセットの除草剤の輸入穀物残留基準値の大幅緩和。⑦ゲノム編集の完全な野放し。⑧農産物検査規則の改定(未検査米も産地・品種・産年の表示を認めて流通を促進)。日本の大事な種も海外の企業に渡していく。こんなことしていたら本当自給率9.2%に近づく。
アメリカの大学が学会誌に出した論文では、局地的な核戦争が起こった場合、被ばくによる死者よりも、「核の冬」による食糧生産の減少と物流が止まることにより、世界で3億人近くの方が餓死する。それが食料自給率の低い日本に集中する。世界の餓死者の3割、日本人の6割7200万人が餓死すると。
アメリカは莫大な農業補助金、食料支援
アメリカでは、コメは1俵4000円で売っても、生産費の1万2000円との差額は100%政府が補填。できるだけ安く売りさばいて、日本人の胃袋をコントロールすれば安い武器だと言って、輸出向けの米など3品目だけの差額補填補助金だけで1兆円。徹底的に農業補助金付けて安くし、日本の方には関税を低くさせて、アメリカの農産物で潰す。
もう一つアメリカがすごいのは消費者を助けている。アメリカはえせ先進国で貧困層が多い。農業予算の64%が消費者の食料購入支援で10兆円。消費者が助かれば、農家も助かるとやっている。
農業基本法の見直し
今国会に農政の基本方針を決める食料・農業・農村基本法改定が上程されている。新基本法では、食料自給率は、「基本計画」の項目で「指標の1つ」という位置づけに後退させている。
「平時」と「有事」の食糧安全保障という分け方が強調され、有事のための増産命令法をつくり、花をつくっている農家にサツマイモを強制的につくらせる。平時は、国内生産などどうでもいい、輸入しとけばいいとの主張になっている。
「自給率向上を目標に掲げると非効率な経営まで残ってしまう」という視点から、2020年「基本計画」で示された半農半Xを含む「多様な農業経営体」重視が消え、再び「効率的経営」のみが施策の対象となっている。
戦後のアメリカの占領政策により、その余剰農産物の処分場として食料自給率を下げていくことを宿命づけられた我が国は、自給率目標を5年ごとに定めても、一度もその実現のための工程表も予算も付いたことがなかった。今回の基本法の見直しでは、自給率低下の容認を今まで以上に明確にするのであろうか。
求められる国家戦略
NHKクローズアップ現代で何回も日本の農業の危機について話してきた。稲作では、全国平均で令和3年の段階で1年働いて、平均年収1万円、時給で10円。それで頑張ってくれているって奇跡だ。
しかし、日本の政府が力を入れているのは5年で軍事費を43兆円にすることだ。アメリカから武器を買い攻めていくみたいなことを進めている。ちょっと待てと。食料これだけ自給できてないのか日本だ。それなのに日本がアメリカに追随して中国に経済制裁強化し、中国が海上封鎖をしたら、戦う前に餓死して終わりだ。
かりにも紛争が拡大してしまうことになれば、日本が戦場になる危険も考えなくてはならない。アメリカと日本の関係については冷静に見ておく必要がある。以前、アメリカのCNNニュースでは、北朝鮮の核ミサイルがアメリカ西海岸に届く水準になってきたことを報道し、韓国や日本に犠牲が出ても、今の段階で北朝鮮を叩くべきという議論が出ていた。つまり、米国は日本を守るために米軍基地を日本に増強しているのではなく、アメリカ本土を守るために置いているとさえ言えるかもしれない。
それらをすべて視野に入れて、日本が独立国として国と国民を守るための国家戦略、外交戦略を大局的・総合的に見極めて対策を急ぐ必要がある。
異様な屈辱=ミニマム・アクセス
日本の農業を苦しめているもう一つの大きな要因がミニマム・アクセスだ。日本政府が言うような「最低輸入義務」でなく、「輸入数量制限」をすべて「関税」に置き換えた際、禁止的高関税で輸入がゼロにならないように、低関税にしなさいという枠であって、その数量を必ず輸入しなくてはならないという約束ではまったくない。
欧米にとって乳製品は、外国に依存してはいけないから、無理してミニマム・アクセスを満たす国はない。かたや日本は、乳製品輸入量13.7万トンを、国際約束として毎年忠実に満たしている「超優等生」だ。牛乳は北海道だけで14万トン生産し、過剰で牛を殺せみたいな話になっているが、何と同量の13.7万トンを無理やり輸入している。
コメも同じで、日本は本来義務でないのに毎年77万トンの枠を必ず輸入している。アメリカとの密約で「日本は必ず枠を満たすこと、かつ、コメ36万トンは米国から買うこと」を命令されているからである。アメリカから買っているコメは、1俵3万円。日本のコメは1万円ちょっと。アメリカからに大量に買っても誰もいらない。家畜の餌で処分して、差額を税金で埋めている。
他国の持つ国家安全保障の基本政策を取り戻し、血の通った財政出動をしないと日本を守れない。
酪農家の訴え
昨年11月30日、農水省前での千葉県の金谷さんが「毎日、毎日、増え続ける借金を重ねながら365日休みなく牛乳を搾っています。いつか乳価があがるだろうと淡い期待を持っていますが、希望が持てません。国の政策に乗って、借金をして頭数を増やしたけれど、借金が大きすぎて酪農やめて返済できる金額ではありません。来年の3月までに、9割の酪農家が消えてしまうかもしれません。牛乳が飲めなくなります」「酪農が壊滅すれば、牧場の従業員も、獣医さん、エサ屋さん、機械屋さん、ヘルパーさん、農協、県酪連、指定団体、クーラーステーション職員、集乳ドライバー、牛の薬屋さん、牛の種屋さん、削蹄師さん、検査員、乳業メーカー、みんな仕事を失います。みなさんにお詫びします」と訴えている。
農漁業消滅=食料消滅=農漁協消滅=関連産業の消滅=地域消滅と「運命共同体」と認識して支え合わなくては活路がない。
(文責編集部)
※この続きは次号5月号で紹介します。
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