進む世界と日本の食・農の危機
日本の基幹農業従事者20年で半減
世界と日本の食と農業の危機の状況と打開の方向について、農民連の岡崎衆史さんに寄稿して頂きました。
「世界食料危機」が深刻化している。飢餓や食料不安に陥る人が急増し、食べたくても食べられない人の数は日本でも増えている。農業の危機が進行するなか、国連は、食料危機が新たな段階に到達すると警告する。一方で、食と農の仕組みを変えれば、持続可能な社会に大きく近づくことが期待されている。
「第二次大戦以来で最悪」。ロシアのウクライナ侵略が引き金となった世界規模の食料危機について、国連世界食料計画(WFP)が今年3月にこう警告した。ロシアとウクライナは穀物の輸出大国で、両国合わせて世界の小麦輸出の3割、トウモロコシ輸出の2割、ヒマワリ油については約8割を占める。戦争でこれらが滞り、世界中に影響が広がった。
アメリカの国際食糧政策研究所(IFPRI)によると、ウクライナ危機後、最大時25カ国が食料輸出規制を行い、カロリーベースで世界の食料取引量の17%が対象になった。
パンなどの食品価格の高騰に怒る民衆のデモや、農業資材高騰への農民の抗議は、中東・北アフリカ、アジア、ヨーロッパ、アメリカ大陸など世界中に広がった。
国連によると、丸一日以上食事が全くとれない「急性食料不安」の数は新型コロナウイルス感染症拡大前は1億3500万人だったのが、コロナ後2億7600万人に倍増し、ウクライナ侵略後は、3億2300万人に増えた。
国際社会は15年、持続可能な開発目標(SDGs)を採択し、30年までに飢餓をゼロにする目標を掲げた。しかし、15年に5・9億人だった飢餓人口は、21年の予想値で7・7億人に達した。飢餓ゼロに向けた取り組みはもともと難航していたが、コロナ・ウクライナ危機を受け、いっそう後退を強いられた。
重大なのは、食料危機とともに、農業の危機が深まっていることである。
WFPのビーズリー事務局長は7月、NHKとのインタビューで「ことしは食料価格の高騰が貧困層を直撃したが、来年は干ばつや肥料の不足によって食料がそもそも生産できずに、手に入らない問題が発生するだろう」と警鐘を鳴らした。同事務局長は経団連と懇談した際には、肥料不足がアジアの米の生産にも影響を与えると予想し、飢餓が深刻化した場合、社会が不安定化し、大規模な人口移動につながる可能性も示唆した。
日本にとって他人事でない
日本では、食料危機は他国の問題と考えている人が多い。果たしてそうか。
帝国データバンクは9月1日、今年に入ってから8月末までに主要飲食料品メーカー105社の値上げが2万品目を超えたと発表した。9月には2424品目、10月には6532品目の値上げが追加されるという。これらが庶民の懐を直撃しないはずはない。
21年12月の内閣府の調査によると、過去1年間に食料が買えない経験があった世帯は全世帯の11%、低所得世帯の38%、ひとり親世帯の30%、そのうち母子家庭では32%に上った。
ひとり親家庭を支援するNPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」には、「食費は子どもと2人で1日300円。人生で今が一番苦しい」「物価高で食費を切り詰めても追いつかない」といった悲痛な声が寄せられているという。また、NPO法人キッズドアが生活に困窮する家庭を対象に夏休み前にアンケートをしたところ、「夏休みの食事に不安がある」と答えた世帯は81%に上った。食事のバランスが悪くなった世帯は64%、60%が食事のボリュームが減ったと答えた。
食料を求める人々の切実な声は各地で支援活動に取り組む農民連のもとにも届いている。
危機の大本にあるのは
現在の食と農の危機は、「多重危機」と呼ばれ、ロシアのウクライナ侵略、新型コロナ感染症、エネルギー価格高騰、気候危機や異常気象と自然災害、生物多様性や土壌劣化を含む環境危機などさまざまな危機が相互に作用しあいながらもたらされた。
危機がここまで深刻化したのは、大本の食と農の基盤が脆弱だからである。巨大なアグリビジネスが主導し、農産物を安く大量に生産し、グローバルに広がる供給網で世界中で売りまくり儲けを最大化する。アグリビジネスは、生産や輸送にエネルギーを浪費し環境を破壊しても、安い農産物で地域農業を破壊して、格差・貧困・飢餓を押し広げても、気に掛けることはない。
気候変動に関する政府間パネルによると、食料の生産から輸送、消費までを含むグローバル・フード・システムの温室効果ガス排出量は最大で総排出量の37%を占める。
ウイルスや紛争が、伸びきった供給網を寸断する恐れがあることは専門家の警告や歴史の教訓から予測でき、食と農の仕組みを国内・地域循環重視に転換させることで対策をとることは可能だった。しかし、こうした措置はとられなかった。たとえ危機が起きて人々が苦しんでもこの仕組みの方がアグリビジネスにとっては儲かるからである。
国際援助団体のオックスファムは5月23日、「痛みから利益を得る」と題した報告を出した。それによると、アグリビジネスは、穀物価格の乱高下などを利用して過去2年間で資産を45%(3820億ドル)増やした。
農業破壊を徹底させる日本
日本では、政府の新自由主義政策が雇用を不安定化させ、社会保障を削減し、ショックに弱い社会が作られてきた。コロナの下での経済活動の制限による所得減、ウクライナ危機が深刻化させた食料価格の高騰で最も被害を受けたのは、この政策が作り出した非正規雇用の労働者やひとり親家庭をはじめ多くの庶民である。
雇用と社会保障の破壊は、農業と農村を破壊する政策と並行して進められてきた。
日本政府は、農業予算の削減、農業を守る基盤の破壊を進めてきた。その下、農産物の価格保障や戸別所得補償制度を廃止し、農地制度、農協制度、農産物の輸入規制、種子制度、市場制度を企業有利に改悪してきた。
農産物の輸入自由化は、次々と締結されたTPP11、日欧EPA、日米貿易協定、RCEPなどのメガ自由貿易協定を通じて前例のない規模で推し進められた。
その結果、この20年余りに基幹的農業従事者が100万人以上消え、123万人となった。平均年齢は67歳を超える。農業経営体数は100万を割った。農地も20年間で50万ヘクタール近く減少し、農地荒廃や原野化が進んでいる(図1)。
ここに、コロナ・ウクライナ危機後、肥料、飼料、農業資材の高騰が襲い掛かった。生産費を大きく下回る低米価も続いている。政府は水田活用直接支払い交付金のカットも打ち出した。
農業はすでに苦境に追い込まれている。財務省は基幹的農業従事者について、40年には42万人に激減すると推計している。
日本の現在の食料危機は、食べたくても食品が高くて買えない所得の低い層を中心に影響を及ぼしてきた。農産物の生産が世界的に困難に陥るという新たな段階に移行すれば、食料が足りなくて手に入らない事態に至る。農業破壊が続いてきた日本の食料自給率は主要国最低水準の38%。食料が手に入らないとき、危機の深刻さは計り知れない。
家族農業を守る政策
いま求められるのは、家族農業を守り、国内増産を支援し、食料自給率を引き上げる政策である。
緊急に必要なのは、高騰する肥料、飼料、農業資材高騰に対して、農家の負担を軽減するための支援だ。また、水田活用直接支払い交付金の見直しは直ちにやめなければならない。EUは、資材コスト高の影響を受けた農家を補助金で支援すること、休耕地での食料、飼料用穀物増産の方針を打ち出した。
さらに抜本対策としては、農家の所得補償や農産物の価格保障を確立し、安心して生産できる環境を整備することが求められる。
農業を市場まかせにしている国でまともな国は存在しない。農業所得における補助金の占める割合は、ドイツ70%、イギリス91%、フランス95%、スイス105%に対し、日本はわずか30%(『国連家族農業10年』55ページ)。国民一人当たりの農業予算をみたとき、日本は、アメリカ、フランスの半分、韓国の3分の1に過ぎない。
政策的努力の結果1961年に42%だったイギリスの食料自給率は、2019年には70%に上昇した。同じ期間日本の自給率は78%から38%に下がっている。
持続可能な社会をつくる力
家族農業を支援することによる食料自給率向上は、多重危機に対応し、持続可能社会をつくることにつながる。
国連は19年から28年までを家族農業の10年とし、家族農業支援を打ち出した。また。18年には農民と農村で働く人々の農民の権利宣言を国連総会が採択した。
国際社会はとりわけ、小規模・家族農業が主体となって進めるアグロエコロジーに期待している。
アグロエコロジーは、自然の生態系の力を活用し、可能な限り農薬や化学肥料の使用を抑え、健康にも環境にもよいものを生産し、地域や国内での消費と経済循環を進める。中南米で始まり、ヨーロッパやアメリカ、アフリカ、アジアでも進んでいる。日本にも農業近代化以前の循環型農業、その後の有機農業、自然農法、産直などアグロエコロジーにつながる伝統がある。取り組みの中で、多様性あるコミュニティ作りや民主的な話し合いを重視し、環境も社会も持続可能にしていくことを目指している。
アグロエコロジーについてFAOは、SDGs実現に向け食と農の仕組みを変革する「カギ」と位置付けている。アグロエコロジーを通じた持続可能な社会作りに、農民連も挑戦している。5月に改定された新婦人と農民連の産直運動4つの共同目標にもその推進が明記されている。
コロナ後、家庭菜園や市民農園、産直を始める人が増え、地方へ移住も増加しているという。東京では6410ヘクタールの農地で、9567戸が農業に従事。東京都が2009年に行ったアンケートによると、農業・農地を残した方がよいと思う人は85%。農産物供給加え、防災、景観、国土、環境保全、農業体験、農業理解の場として重視されている(『議会と自治体』第290号 東京農民連の武藤昭夫事務局長)。都市農業を通じた地域循環もアグロエコロジーである。
食と農の世界的危機の下、飢餓と食料不安が急速に広がっている。危機感を利用し、かつてのナチスドイツがやったように、排外主義と国家主義を結びつけて勢力を拡大しようという不穏な動きもでている。飢餓も排外主義も、国家主義も破滅への道ではないか。家族農業を支援し、食料自給率向上で食と農の盤石な基盤を築き、持続可能で公正な社会に進むことが求められる。そのための食と農の政策転換は待ったなしだ。
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