2025年12月16日火曜日

 「スパイ防止法」のもたらすもの

-監視と分断による臨戦態勢の社会-

 





自由法曹団常任幹事 田中 隆さん

 1130日開催の東京革新懇緊急講演会での田中隆弁護士の講演要旨を紹介します。

 

 



前史 2つの秘密法

 

「スパイ防止法(国秘密法)の策動と

 自民党が準備を進めた1985年の「スパイ防止法」・国家秘密法の策動は、日米共同作戦体制の始動と中曽根康弘内閣の戦後政治の総決算が背景。国際勝共連合が中心の「スパイ防止法制定促進国民会議」によって、推進決議が27県2千数百の自治体で採択。

 徹底した処罰のための法律。戦前の軍規保護法と同じ秘密の指定を要さない実質秘で、「非公表の軍事・外交の情報はすべて秘密」というに等しい。外国への通報(知り得る状態にすることを含む)は最高刑死刑という、おそるべき重罰だった。

 85年6月に自民党の議員立法として提出され、中曽根首相は「日本はスパイ天国」と答弁した。野党の抵抗や国民的批判で12月に廃案。

 全野党が反対し、自民党の 12名の議員が反対の意見書を提出。日弁連や弁護士会、メディアもこぞって反対。国家機密法阻止各界連絡会議や地方連絡会議などがつくられ大きな反対運動を展開し、法案阻止の原動力となった。 

秘密保護法の強行と対抗

 2度目の秘密保護法は、アフガンやイラクに派兵していた日米共同作戦体制の中から 生み出された。2007年に調印された軍事情報包括保護協定で、秘密保護措置や取り扱い資格の明確化が要求された。第一次安倍晋三内閣だったが、安倍首相は参院選で惨敗し政権を投げ出した。

 09年に成立した民主党政権のもとで中国漁船と巡視船の衝突事件が発生し、衝突の映像がユーチューブに流れたことが問題化。有識者会議が設置され、報告書が秘密保護法の骨格になった。

 1212月、第二次安倍政権が成立して強行に突進した。

 国家秘密法案と違い、管理法制の性格が強い。行政機関が指定した秘密を保護する指定秘の考え方をとっているが、秘密の範囲は、テロや特定有害活動(スパイ活動)に拡大。国民にはなにが秘密にされたか分からない。

 公務員や企業の労働者に適性評価を行い、反対派をあぶり出して排除できる構造。秘密の漏えいなどを処罰する弾圧立法の性格も持っている。

 1310月に政府が提出。維新とみんなは修正で合意。政権時代に検討した民主に不安もあったが、反対で頑張った。反対の運動・世論が日を追うごとに高まり、短時間の審議で逃げるように採択された。

 日弁連と弁護士会がこぞって反対し、多くのメディアが反対の論陣を張り、市民運動 も大きく広がった。この時の運動の広がりが、翌14年から始まった戦争法制反対運動につながり、今日に至る市民と野党の共闘に発展していく。

 秘密保護法の罰則が適用された例はないが、メディアの取材などには大きな制約が生 まれていると言われる。

 その後、22年に安保三文書で敵基地攻撃能力導入などが強行された。24年には秘密保護法と同じ構造を持つ経済秘密保護法が制定。今年5月に能動的サイバー法が制定、ネット空間での先制攻撃の危険をはらんでいる。国民民主のみでなく立憲民主もこれらの法制には賛成した。

 

 動 パイ防ンテリェンス)強化

 

 

「インテリジェンス」の絶叫

 「インテリジェンス機能強化」の絶叫が起こっている。内外に仕掛ける諜報すなわちスパイ活動と外国からのスパイ活動に対する防諜を合わせたものがインテリジェンス。

 自民と維新の1020日の連立政権合意に、インテリジェンス機能強化の組織整備と法制定が盛り込まれた。

 自民党は5月22日の提言で、諸外国と同水準のスパイ防止法の検討など提案。まとめた調査会の会長が高市早苗現首相だった。維新は、10月1日に中間論点整理を発表して公表した。多くは連立政権合意に盛り込まれている。

 国民民主は1026日に法案を提出し、3年を目途に法制上の措置をするとしている。参政は1025日に法案を提出。防諜に絞るが、市民を規制する内容も含まれる。 

考えられる法案と事態 区分して検討する。

1点目は処罰の拡大・強化。参政案は秘密保護法「改正」で外国への漏えいを特に重く処罰する。国家秘密法案のように指定なしに処罰できる実質秘を加えることも考えられる。

 2点目が、外国勢力の活動透明化を理由にした法整備。

 外国代理人登録法は、外国の利益を代表して活動する者に登録と活動や資金の報告を義務付け公開、規定違反は犯罪とする。スパイ活動は身分を隠してやるから、「それらしい活動」として、NGO、国際交流団体、友好協会などの活動に規制が及びかねない。

 ロビー活動を行う個人・団体に義務を課すロビー活動公開法も、国民が行う国会や 政府、行政機関に対する要請活動まで規制が及びかねない。

 アメリカなどに類似の制度がある。憲法との関係での批判的検証が必要だ。

 3点目は日本版CIAというべき中央情報機関の創設。維新は一番力点を置き、国民民主や参政も機構整備を言っている。

 維新は、諜報、防諜、非公然活動の3つの機能を持つ中央情報機関を創設し、人の観察や接触(ヒューミント)で情報を得ることを基本に据える。その組織と活動は、米のCIAに倣うとしている。

 「もぐりこみ」「たらしこみ」や「おとり」で不法に情報を得ていくことが公然と語られており、矛先は市民にも向けられる。そのために、専門の情報要員養成機関の新設、諜報要員すなわちスパイを保護するための「関係者安全保護法」制定も提唱されている。

 4点目。参政党の神谷宗幣代表は、「極左の考え方を持った人々を洗い出すのがスパ イ防止法」と演説した。あり得ない話ではない。

 適性評価を拡大して、政府に反対する者を政府・企業等から排除していくことは不可能ではない。「スパイ防止」が打ち出されれば、社会の中でスパイの監視、摘発が横行し、SNSなどで「〇〇はスパイ」が拡散されかねない。

 可能性のあるものをスケッチしてみた。なにが起こるか考えていただきたい。 

 本質・対抗 どう考え、どう向き合うか

 

インテリジェンス強化・「スパイ防止法」が生み出すもの

 政府は、山本太郎議員の8 月1日付の質問主意書パイ天国」とは考えていないと答弁。これが政府の認識で、「スパイ防止法」を必要とする立法事実は存在しない。狙いが「スパイ防止」でないことは明らかだ。

 インテリジェンス強化の名のもとに諜報活動を拡大し、監視強化と国民の分断、「ス パイ」の烙印での反対勢力の排除を行うのが本質。40年前とは違い、SNSなどでの情報拡散にまで規制が広がるだろう。そんな事態が現実化すれば、基本的人権の知る権利、表現の自由が、国家的利益を口実に圧殺され民主主義が形骸化することになる。

 高市政権のもとで、安保三 文書や防衛装備移転三原則、非核三原則の見直しが進められ、軍事的緊張が高まり、軍需産業が膨張しようとしている。そのもとでのインテリジェンス強化は市民に向けられ、反対者、非協力者をスパイとしてあぶり出す臨戦態勢の社会に組み替えていくだろう。

 

監視・分断の社会を許さないために

 野党の検討が先行していることが、今回の策動の特徴。中国、北朝鮮などの現状や来日外国人の拡大に対する不安の拡大、市民の排外的感覚の広がりが背景に。これまでの策動に比べて底は浅いが、軽視はできない。

 国家のありようや外交関係に関わるから、政府での検討が不可欠で、アメリカなどとの調整も必要になる。全面検討には時間が必要で、検討・協議を続けて取りまとめていくだろう。その議論を検討し批判や反対を加えていく必要がある。政府サイドの「国家情報局創設の検討」など、「できるところからやる動き」も無視できない。

 「スパイ防止ならいい」「インテリジェンスってなに」となりかねない。どうすればいいか。問題を知らせ批判の声を広げる。分かりやすく訴える工夫し、市民をスパイにしたてる監視分断法であり、臨戦体制を作る制度だとの本質を広げる。

 もう一つが議員への働きかけ。法案完成前に、批判や反対を突きつけることが重要。今回の検討はたかだか1年で、維新や国民民主の議員でも本当に分かっているのか疑問。重視してほしいのは立憲民主議員。経済秘密保護法強化も組み込むから、揺さぶられる可能性がある。

 

40年のときを経て

 国家秘密法案提出の85年から40年、軍拡・戦争の道、世界を大資本の市場にするグローバリゼーションと新自由主義の道に反対してたたかい続けた40年だった。

 いま、その道の誤りは白日の下にさらけ出されている。

 自衛隊を派遣したアフガンやイラクの戦争が平和に寄与したことはなく、軍拡を続けた結果、今も各地で戦火が広がり続けている。大資本や富裕者が極限まで肥え太り、一般の国民・市民の生活や地方・地域が破壊され、格差と貧困が耐え難いところまで広がった。政治への批判が高まり、排外的感覚が生まれているのもその結果に他ならない。

 弱者が奪い合い排斥し合うに等しい排外主義が問題を解決することはなく、「スパイ防止法」の策動は、問題をねじ曲げて一層深刻にする。

 平和と共生を実現して、格差と貧困を克服することこそ大道であり、「スパイ防止法」、 インテリジェンス強化を許さないたたかいも、その大道のなかにある。

 その大道が未来を開くことを確信して、向き合っていきたい。

 

近づく覇権主義国家アメリカの終焉 その②

アメリカの時代の終わりを告げる経済の状況





元外務省国債情報局
 孫崎 享さん

 

 920日の孫崎享さんの講演の要旨の後半部分をご紹介します。 




日本の戦後の出発点を改めて問う

1970年代、 80年代、日本の政治家も、そして外務省も考えていた。日本は戦争で、中国、朝鮮半島でこれらの国民を殺害し、国土を荒廃させた。この歴史的な事実を背景に、日本は戦後、賠償をどうしなければならなかったのか。日本の戦後の一番の出発点であったサンフランシスコ講和条約は、アジア諸国の被害が重大だから、日本は賠償を払わなくてはならない。だけど、今の日本の経済力ではすぐには払えないという事実も我々は認識する。だから今すぐに日本は賠償しなくてもいい。これが日本が国際社会に入る条件だった。

それに対して、周恩来は中国は賠償を求めないと言った。非常に重要なことだが、周恩来はどういう論理を組み立てたのか。中国国民は殺され、中国国土は破壊された。中国国民は怒ってる。賠償を取ればいいじゃないか。国連もサンフランシスコ講和条約で賠償取っていいと言っている。その時の説明は、中国国民と同じく日本国民も日本の軍国主義の被害者であった。だから、私たちは手を結ぶのは新たな日本国民である。だから、彼らに賠償を求めないと語っている。

靖国神社に A級戦犯の人たちが祭られた。そして日本の政治家がそこに行く。それは、日本国民と軍国主義者は別であるとの解釈を日本が自ら壊すことだ。その重みをどれくらいの政治家が知っているのか。靖国神社に行ってる人は何にも知らない。それくらい日本の言論界は壊れている。

賠償を払わなくていいと言った時に、中国が唯一日本にお願いしたのが、台湾は中国の一部である。この主張を日本側が理解し、実行することだった。

そして同じ約束は、ニクソンとキッシンジャーが中国と同じく交わしている。国連で、誰が中国を代表するかということになった時に、昔は台湾だったが、国連はそれは中国が代表するということで、今日まで来た。なぜ台湾有事が日本存続の危機なのか。

 日中共同声明 1972

前略-日本側は、過去において日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについて責任を痛感し、深く反省する。―-略―

一 日本国と中華人民共和国との間のこれまでの不正常な状態は、この共同声明が発出された日に終了する。

二 日本政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。

三 中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。

五 中華人民共和国政府は、日中両国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。

六 ―略―両政府は、右の諸原則及び国際連合憲章の原則に基づき、日本国及び中国が、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し、武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する。-略-

尖閣諸島問題を考える  

もう一つ、尖閣諸島問題がある。1945 815日、日本はポツダム宣言を受入れ戦争をやめた。降伏文書に署名したときから、日本の領土は本州、四国、九州、北海道その他の島々は連合国が決めると書いてある。尖閣諸島は沖縄だ。沖縄はどうなっているか。沖縄は国連の信託統治にして、アメリカが管轄すると書いてある。返す時にアメリカは領有権問題については、日本の立場も台湾の立場も中国の立場も取らない。どれが正しいということは、我々は言わない。だけど管轄は日本にするといった。だから、互い俺のものということを排除していない。

じゃあ、日本が管轄しているところに中国の船が入ってきたらどうするのか。日中漁業協定があり、尖閣諸島の海域に中国の漁船が入ったら、日本は漁業をやめ域外に出ていきなさいと言う。深刻な問題であれば、日中間で外交的に協議する。だから、国際法的には、日本が捕まえに行くのは少なくとも日中漁業協定違反だ。だけど、約束の当事者である私たちが、それを忘れていいという理由にはならない。だけど、ほとんど忘れている。映像を思い起こしてほしい。野田政権の時に、捕まえに行った。捕まえて日本に連行した。沖縄の裁判所で協議したが返した。日本の国民は怒りだした。捕まえちゃいけなかった。その時の首相は菅さんだった。

佐藤正久参議院議員(当時・元自衛官)が質問主意書を書く。そして、尖閣諸島に中国の船が入ってきたら、日本の国内法で対処する。これでよろしいかと聞いた。

その時に日本の国内法で対処すると回答。日本の国内法で対処するということは、日本の領域に来たら海上保安庁が捕まえるということだ。

 

購買力平価に見る大転換の世界

世界情勢を見て、もはやアメリカの時代が終わったということを明確に示すのは経済だ。為替レートが上がったり下がったりすると、円の価値が上がったり下がったりする。日本の GDP も上がったり下がったりする。日本の GDPは一定のものだから、為替で上がったり下がったりするのはおかしい。というんで、各国の経済力を測るのに、マクドナルドがそれぞれの通貨でいくらで買えるか、マクドナルド 1個分の単位で価値で調整するというのが購買力平価だ。

 CIA G7と非G7の購買力平価の合計のデータ。アメリカの GDP 24.7兆ドル、中国は31.2兆ドル。もう中国の方が上になってる。もう一つ重要なことは、G77ヵ国の合計が48.5兆ドルに対して、非G7の上位7ヵ国:中国、インド、ロシア、ブラジル、インドネシア、トルコ、メキシコ、合計63.8兆ドルに達している。もうG7よりは非G7の方が大きい。

 

研究論文トップテンで中国突出

次に研究論文トップテンの論文数というのを見たら、 1998年から2000年、米国、英国、ドイツ、日本、フランス、カナダ、イタリア、こういう順番だが、 2020年から 2022年にかけては、1位が中国64138本(35%)、米国34995本、英国、インド、ドイツ、イタリア、豪州、カナダ、韓国、フランス、スペイン、オランダの順で、日本133719本(2%)。日本は 4位から13位に。日本は、かつて世界で最も教育水準が高かった。だから日本が世界でGDP 2番目になった。今、日本は OECD 諸国で公的資源の非常に低い国になっている。

 

核心技術でも中国が圧倒

豪州の戦略政策研究所が発表した核心技術追跡指標では、 64部門中、中国が 57部門、米国が 7部門で現在一位。中国の一位はレーダー、衛星位置追跡、ドローン、合成生物学、先端データ分析等57分野。米国は量子コンピューティング、遺伝子技術、ワクチンなどの 7分野。明らかに量と質とで中国はリードする時代に入った。そしてインドネシアやインドやかつての発展途上国が、その恩恵で連携を取りながら進んでいる。

日本が今、経済安保で、いかに馬鹿馬鹿しい戦略、政策を取っているか。1998年から2000年、研究論文のトップは米国、英国、ドイツ、日本、フランス。10番の中に中国は入っていない。だから、日本の研究が中国の方に行かないようにする。困るのは中国で、日本は困らない。だから、当時は、経済安保、科学技術が中国に行かないようにするというのが正しい政策だった。

2020年から 2022年、1位が中国35%、2位は米国、日本は13位でわずか2パーセント。お互いにそれが軍事に使われたら困るということで、先端産業を止める。困るのは日本。しかし、経済安保っていうのを正しい政策と思ってる。そんなことをしたら、日本はどんどん科学技術で遅れる。我々が中国、中国という国民を好きか嫌いかは問題ではない。中国の技術を取り入れることが我が国の国策であるはずだ。

日本は、全く逆のことをやっている。それはアメリカの立場から見ると、やってほしいことだ。アメリカと中国はほぼ同等で、それに日本が 2%であっても要求する。経済安保は日本の国益から見たらよくない。アメリカに追随して日本の繁栄があり、日本の安全が高まると思い込んでいる。そういう幻想は捨てる時期だ。事実を見つめ、 10年、20年前にアメリカが一極支配をしていた時に正しかった判断も、今アメリカが衰退している時に、それは逆になっている。

我々は今、どの時代にも増して客観的にものを見なければならない時期きている。残念ながら日本のマスコミ、政治家、学会、ジャーナリズム、みんな壊れてしまっている。一人一人が真剣にどこに真実があるか、自分の目で、自分の指標を持って考えていく時代が来ているかと思う。

文責:東京革新懇事務局