「スパイ防止法」のもたらすもの
-監視と分断による臨戦態勢の社会-
11月30日開催の東京革新懇緊急講演会での田中隆弁護士の講演要旨を紹介します。
Ⅰ 前史 2つの秘密法
「スパイ防止法」(国家秘密法)の策動と攻防
自民党が準備を進めた1985年の「スパイ防止法」・国家秘密法の策動は、日米共同作戦体制の始動と中曽根康弘内閣の戦後政治の総決算が背景。国際勝共連合が中心の「スパイ防止法制定促進国民会議」によって、推進決議が27県2千数百の自治体で採択。
徹底した処罰のための法律。戦前の軍規保護法と同じ秘密の指定を要さない実質秘で、「非公表の軍事・外交の情報はすべて秘密」というに等しい。外国への通報(知り得る状態にすることを含む)は最高刑死刑という、おそるべき重罰だった。
85年6月に自民党の議員立法として提出され、中曽根首相は「日本はスパイ天国」と答弁した。野党の抵抗や国民的批判で12月に廃案。
全野党が反対し、自民党の 12名の議員が反対の意見書を提出。日弁連や弁護士会、メディアもこぞって反対。国家機密法阻止各界連絡会議や地方連絡会議などがつくられ大きな反対運動を展開し、法案阻止の原動力となった。
秘密保護法の強行と対抗
2度目の秘密保護法は、アフガンやイラクに派兵していた日米共同作戦体制の中から 生み出された。2007年に調印された軍事情報包括保護協定で、秘密保護措置や取り扱い資格の明確化が要求された。第一次安倍晋三内閣だったが、安倍首相は参院選で惨敗し政権を投げ出した。
09年に成立した民主党政権のもとで中国漁船と巡視船の衝突事件が発生し、衝突の映像がユーチューブに流れたことが問題化。有識者会議が設置され、報告書が秘密保護法の骨格になった。
12年12月、第二次安倍政権が成立して強行に突進した。
国家秘密法案と違い、管理法制の性格が強い。行政機関が指定した秘密を保護する指定秘の考え方をとっているが、秘密の範囲は、テロや特定有害活動(スパイ活動)に拡大。国民にはなにが秘密にされたか分からない。
公務員や企業の労働者に適性評価を行い、反対派をあぶり出して排除できる構造。秘密の漏えいなどを処罰する弾圧立法の性格も持っている。
13年10月に政府が提出。維新とみんなは修正で合意。政権時代に検討した民主に不安もあったが、反対で頑張った。反対の運動・世論が日を追うごとに高まり、短時間の審議で逃げるように採択された。
日弁連と弁護士会がこぞって反対し、多くのメディアが反対の論陣を張り、市民運動
も大きく広がった。この時の運動の広がりが、翌14年から始まった戦争法制反対運動につながり、今日に至る市民と野党の共闘に発展していく。
秘密保護法の罰則が適用された例はないが、メディアの取材などには大きな制約が生
まれていると言われる。
その後、22年に安保三文書で敵基地攻撃能力導入などが強行された。24年には秘密保護法と同じ構造を持つ経済秘密保護法が制定。今年5月に能動的サイバー法が制定、ネット空間での先制攻撃の危険をはらんでいる。国民民主のみでなく立憲民主もこれらの法制には賛成した。
Ⅱ 策動 「スパイ防止法」・インテリジェンス(諜報)強化
「インテリジェンス」の絶叫
「インテリジェンス機能強化」の絶叫が起こっている。内外に仕掛ける諜報すなわちスパイ活動と外国からのスパイ活動に対する防諜を合わせたものがインテリジェンス。
自民と維新の10月20日の連立政権合意に、インテリジェンス機能強化の組織整備と法制定が盛り込まれた。
自民党は5月22日の提言で、諸外国と同水準のスパイ防止法の検討など提案。まとめた調査会の会長が高市早苗現首相だった。維新は、10月1日に中間論点整理を発表して公表した。多くは連立政権合意に盛り込まれている。
国民民主は10月26日に法案を提出し、3年を目途に法制上の措置をするとしている。参政は10月25日に法案を提出。防諜に絞るが、市民を規制する内容も含まれる。
考えられる法案と事態 区分して検討する。
1点目は処罰の拡大・強化。参政案は秘密保護法「改正」で外国への漏えいを特に重く処罰する。国家秘密法案のように指定なしに処罰できる実質秘を加えることも考えられる。
2点目が、外国勢力の活動透明化を理由にした法整備。
外国代理人登録法は、外国の利益を代表して活動する者に登録と活動や資金の報告を義務付け公開、規定違反は犯罪とする。スパイ活動は身分を隠してやるから、「それらしい活動」として、NGO、国際交流団体、友好協会などの活動に規制が及びかねない。
ロビー活動を行う個人・団体に義務を課すロビー活動公開法も、国民が行う国会や 政府、行政機関に対する要請活動まで規制が及びかねない。
アメリカなどに類似の制度がある。憲法との関係での批判的検証が必要だ。
3点目は日本版CIAというべき中央情報機関の創設。維新は一番力点を置き、国民民主や参政も機構整備を言っている。
維新は、諜報、防諜、非公然活動の3つの機能を持つ中央情報機関を創設し、人の観察や接触(ヒューミント)で情報を得ることを基本に据える。その組織と活動は、米のCIAに倣うとしている。
「もぐりこみ」「たらしこみ」や「おとり」で不法に情報を得ていくことが公然と語られており、矛先は市民にも向けられる。そのために、専門の情報要員養成機関の新設、諜報要員すなわちスパイを保護するための「関係者安全保護法」制定も提唱されている。
4点目。参政党の神谷宗幣代表は、「極左の考え方を持った人々を洗い出すのがスパ イ防止法」と演説した。あり得ない話ではない。
適性評価を拡大して、政府に反対する者を政府・企業等から排除していくことは不可能ではない。「スパイ防止」が打ち出されれば、社会の中でスパイの監視、摘発が横行し、SNSなどで「〇〇はスパイ」が拡散されかねない。
可能性のあるものをスケッチしてみた。なにが起こるか考えていただきたい。
Ⅲ 本質・対抗 どう考え、どう向き合うか
インテリジェンス強化・「スパイ防止法」が生み出すもの
政府は、山本太郎議員の8 月1日付の質問主意書に、「スパイ天国」とは考えていないと答弁。これが政府の認識で、「スパイ防止法」を必要とする立法事実は存在しない。狙いが「スパイ防止」でないことは明らかだ。
インテリジェンス強化の名のもとに諜報活動を拡大し、監視強化と国民の分断、「ス パイ」の烙印での反対勢力の排除を行うのが本質。40年前とは違い、SNSなどでの情報拡散にまで規制が広がるだろう。そんな事態が現実化すれば、基本的人権の知る権利、表現の自由が、国家的利益を口実に圧殺され民主主義が形骸化することになる。
高市政権のもとで、安保三 文書や防衛装備移転三原則、非核三原則の見直しが進められ、軍事的緊張が高まり、軍需産業が膨張しようとしている。そのもとでのインテリジェンス強化は市民に向けられ、反対者、非協力者をスパイとしてあぶり出す臨戦態勢の社会に組み替えていくだろう。
監視・分断の社会を許さないために
野党の検討が先行していることが、今回の策動の特徴。中国、北朝鮮などの現状や来日外国人の拡大に対する不安の拡大、市民の排外的感覚の広がりが背景に。これまでの策動に比べて底は浅いが、軽視はできない。
国家のありようや外交関係に関わるから、政府での検討が不可欠で、アメリカなどとの調整も必要になる。全面検討には時間が必要で、検討・協議を続けて取りまとめていくだろう。その議論を検討し批判や反対を加えていく必要がある。政府サイドの「国家情報局創設の検討」など、「できるところからやる動き」も無視できない。
「スパイ防止ならいい」「インテリジェンスってなに」となりかねない。どうすればいいか。問題を知らせ批判の声を広げる。分かりやすく訴える工夫し、市民をスパイにしたてる監視分断法であり、臨戦体制を作る制度だとの本質を広げる。
もう一つが議員への働きかけ。法案完成前に、批判や反対を突きつけることが重要。今回の検討はたかだか1年で、維新や国民民主の議員でも本当に分かっているのか疑問。重視してほしいのは立憲民主議員。経済秘密保護法強化も組み込むから、揺さぶられる可能性がある。
40年のときを経て
国家秘密法案提出の85年から40年、軍拡・戦争の道、世界を大資本の市場にするグローバリゼーションと新自由主義の道に反対してたたかい続けた40年だった。
いま、その道の誤りは白日の下にさらけ出されている。
自衛隊を派遣したアフガンやイラクの戦争が平和に寄与したことはなく、軍拡を続けた結果、今も各地で戦火が広がり続けている。大資本や富裕者が極限まで肥え太り、一般の国民・市民の生活や地方・地域が破壊され、格差と貧困が耐え難いところまで広がった。政治への批判が高まり、排外的感覚が生まれているのもその結果に他ならない。
弱者が奪い合い排斥し合うに等しい排外主義が問題を解決することはなく、「スパイ防止法」の策動は、問題をねじ曲げて一層深刻にする。
平和と共生を実現して、格差と貧困を克服することこそ大道であり、「スパイ防止法」、 インテリジェンス強化を許さないたたかいも、その大道のなかにある。
その大道が未来を開くことを確信して、向き合っていきたい。
