2022年4月27日水曜日

東京革新懇ニュース5月号掲載論文

 ロシアによるウクライナ侵略

憲法9条でなければ日本は守れない法政大学名誉教授、東京革新懇代表世話人                       五十嵐 仁

 直ちに停戦を実現させよう 

 「許せない」という思いでいっぱいです。ウクライナでは、この瞬間にも多くの犠牲者が出ています。一刻も早く停戦が実現し、戦火が収まることを願っています。この戦争を仕掛けたのはロシアのプーチン大統領であり、その責任は免れません。

プーチン大統領は集団的自衛権による「特別軍事作戦だ」と言い訳をしています。しかし、「主権の尊重」「領土の保全」「武力行使の禁止」を加盟国に義務付けた国連憲章をはじめとする国際法に反する明確な侵略行為です。決して認めることのできない無法な蛮行だと言わなければなりません。

 戦争にもルールがあります。攻撃は軍人や軍事施設に限られ、民間人や一般の施設に対する無差別の攻撃は許されません。戦闘員ではない一般の市民を故意に殺害したり、捕虜を虐待したりすることは戦争犯罪にあたります。ロシア軍も民間人の犠牲者はでっちあげだと言い訳していますから、守るべきルールがあることは認識しているようです。

しかし、実際にはこのようなルールは守られていません。病院や学校、駅、大型商業施設や集合住宅などが攻撃され、無抵抗の多くの市民が連れ去られ虐殺されています。ジュネーブ条約や国連人道法に反する戦争犯罪にほかならず、国際刑事裁判所によって裁かれるべき人道に反する罪が犯されているのです。

 プーチン大統領の罪は明らかです。侵略の引き金を引き、人道に反する罪を犯している責任を逃れることはできません。核使用の恫喝によって、核抑止力論の無力さも明らかになりました。国際的な世論を高めて包囲網を形成し、一刻も早く戦火を収めなければなりません。

 ウクライナ侵略の教訓は何か 

 プーチン大統領はウクライナに対して、北大西洋条約機構(NATO)への加盟断念だけでなく、ドンバス地方の2州とクリミア半島の併合という領土拡張を求めています。第2次世界大戦後の国際秩序へのあからさまな挑戦です。その背後にあるのは、自分たちは偉大で周りの国を導かなければならないという夜郎自大な大国主義・覇権主義的な思い込みです。その結果、「解放」という名の侵略に乗り出しました。

そこから導かれる教訓の第1は、戦争が始まれば多くの死傷者や難民が出ることは避けられないという当たり前の事実です。いかなる理由があっても戦争を始めてはならず、戦争が始まってしまえば双方に甚大な被害が出ます。国内外で1200万人という人口の4分の1以上の避難民が生まれ、故郷を追われました。戦場に駆り出されたロシアの若者もある意味での犠牲者です。このような悲劇はいかなる理由があろうとも正当化できません。

 第2に、対立や紛争は武力によってではなく、話し合いで解決されなければならないということです。武力に対して武力によって対抗しようとすれば、必ず破局をもたらし犠牲を生みます。最善の解決策は、対立を激化させず、敵愾心を持たれることなく、友好関係を維持しながら緊張を緩和することです。

 第3に、力の論理や抑止力論の落とし穴にはまってはならないということです。相手より強い力を持てば抑止できると考えて軍拡や軍事同盟に頼ることは逆効果になります。NATOへの加盟によって安全を確保しようとしたウクライナは、逆にロシアとの対立を激化させ緊張を高めました。安全を確保しようとして軍事力依存を強め、結局、安全を損なって戦争のリスクを高めたのです。このようなジレンマが、安全保障のパラドクス(逆説)にほかなりません。

 他方、プーチン大統領が主張したロシアの論理は、「敵基地攻撃論」と同じ誤りを示しています。ウクライナがNATOに加盟すれば大きな脅威となるから、それを阻止するために攻撃したという説明は、ミサイルを発射されれば大きな脅威となるから、その前にせん滅すべきだという主張と紙一重です。どちらも、相手国に対する先制攻撃を正当化するための屁理屈にすぎません。

 重要なのは戦争を回避するためにあらゆる外交努力を行うことです。戦争で犠牲になるのは一般市民で、武器を供給して大もうけできる武器商人や軍産複合体が喜ぶだけです。戦争回避に必要なのは武力ではなく、対立を解消して友好的な互恵関係を築くための外交なのです。 

丁寧な説明で懸念を払拭するべきだ 

 このプーチン大統領による戦争をきっかけに「9条で日本は守れるのか」という声が高まっています。ロシアによるウクライナ侵略を利用して改憲世論を強めようとする狙いによるもので、他国の不幸に便乗する改憲論は許されません。

 同時に、ロシアの蛮行を目撃して日本の安全への懸念を強め、素朴な疑問としてこのように心配している人がいます。平和と安全への関心が高まっているのは重要です。それを頭ごなしに退けるのではなく、このような心配や関心の高まりに応え、丁寧に説明することが必要ではないでしょうか。「9条でなければ日本は守れない」と。

 もし、ロシアに9条があればプーチン大統領によるウクライナ侵略は不可能だったでしょう。もし、ウクライナに9条があれば、侵略を狙うプーチン大統領に口実を与えることもなかったでしょう。9条は軍拡と軍事同盟依存に対する歯止めになるからです。このような歯止めがある限り、他国を侵すことも、侵されることもありません。

 憲法9条はどの国に対しても脅威にならないという約束を世界に示したものです。「専守防衛」を国是としていますから、他国への侵略も先制攻撃も行いません。敵基地攻撃論はこの約束を破ることであり、信用できず油断のならない国に変わることを宣言するようなものです。

 ロシア軍の短期決戦の失敗と苦戦は、大国でも侵略は困難であることを示しています。ナチス・ドイツによるポーランド侵略、大日本帝国による満州侵略、戦後のアメリカによるベトナム戦争など、大国による侵略の失敗は枚挙に暇がありません。この歴史の教訓をプーチン大統領も学ぶべきだったでしょう。

 9条は軍事に頼らない安全保障の路線を自国に課した政策的な縛りでもあります。ミサイル技術の発展によって、軍事的な防衛は極めて困難になりました。国家間の対立や紛争は話し合いでしか解決できず、軍事力で安全を確保することはできないのです。

 戦争は外交の失敗です。政治や外交で汗も流さず「攻めてきたらどうするのだ」と恫喝する人がいますが、攻められないようにするのが外交の役割であり政治家の仕事ではありませんか。そのための努力もせずに軍備増強だけを声高に叫ぶのは本末転倒で、政治家失格ではないでしょうか。 

惨事便乗型改憲論の誤り 

 戦争という惨事に便乗して持論である改憲を声高に叫んでいるのは、安倍元首相や維新の会です。敵基地攻撃能力の保有(敵基地攻撃論)と中枢(指揮統制機能)打撃論、核共有論が際立っています。これと共に改憲に向けての動きも強まっています。これは大きな誤りです。

 第1に、敵基地攻撃論は「専守防衛」の範囲を踏み越えるものであり、明確な憲法違反となります。これはミサイル発射を念頭に未然に防ごうというものですが、「敵基地」を特定することは困難です。だから中枢打撃論が唱えられるのですが、それでは全面戦争になってしまいます。実行不可能な空理空論にすぎません。

 第2に、核共有論ですが、さらに荒唐無稽な主張です。「非核三原則」の「持ち込ませず」、核の平和利用を定めた原子力基本法、核兵器の移転などを禁じた核拡散防止条約などに反し、核兵器禁止条約にも逆行する暴論にほかなりません。在日米軍基地や自衛隊基地に核を貯蔵する施設が作られ、自衛隊が核攻撃に参加することになれば、最初に攻撃目標となり有害でしかありません。

第3に、憲法条文の書き換えの動きも強まっています。自衛隊明記の目的は「最小限の実力部隊」で「軍隊ではない」とされてきた自衛隊の「国軍化」を実現し、アメリカによる対中国戦略の前線に立たせることです。緊急事態条項の新設は国会を有名無実化し、政府による専制を生みだそうとするものです。その狙いは戦争と独裁の合法化にあります。

 なお、このような改憲策動の先頭に立っている安倍元首相の責任についても指摘しておく必要があります。27回もの首脳会談を行って北方領土の2島返還を示唆しただけでなく、共同経済開発事業に3000億円もの国費を差し出し、プーチンにすり寄って翻弄され国益を害した外交の失敗は明らかです。改憲の旗を振る前に、この失敗を真摯に反省すべきではないでしょうか。

 再確認すべき9条の威力 

日本を軍事力で守ることはできません。戦争してはならないだけでなく、戦争できない国だからです。

1に、憲法9条の縛りがあります。これを変えることは国際社会の脅威にならないという誓約を破ることになり、周辺諸国に誤ったメッセージを送ることになります。紛争や対立はあくまでも外交で解決するという決意を固め、「喧嘩を売っているのか」と思われるような姿勢をとらず、従米路線を改めて自立した独自外交に転換しなければなりません。

 第2に、エネルギーと食料を他国に依存しているという決定的な問題があります。エネルギーの自給率は12%、食料の自給率は37%ですから、戦争になって輸送が途絶えればお手上げです。貿易での中国との相互依存も高く、輸出入総額の24%で第1位ですから戦争などとんでもありません。貿易面からすれば、アメリカも中国との戦争など不可能です。

第3に、「9条の経済効果」が失われます。国の富みを軍事ではなく民生につぎ込むというあり方が戦後の経済成長の原動力となりました。しかし、今では重武装をめざして国内総生産(GDP)の2%以上もの大軍拡が模索されています。そんなお金がどこにあるのでしょうか。国民生活や産業投資が圧迫されるのは明らかではありませんか。

 いま一度、この「9条の経済効果」の威力を再確認するべきです。それが失われれば、軍拡競争による膨大な財政負担によって国民生活と社会・経済活動が破壊され、戦争になって外から攻められる前に内から崩壊するということになりかねないのですから。

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